【ARUHIアワード12月期優秀作品】『落雷のサンタクロース』長尾優作

「実験には大きな危険が伴うんだ! 失敗すれば、あの世行き!」
 その表情は、なぜか嬉しそうだった。付け髭が風で靡いている。
「馬鹿なこと言わないでやめなさい!」
 彼は赤い帽子を取り、一階の地面に投げ捨てた。
「これが『万有引力の法則』――そして、これから俺は……」
 腕につけた装置をつかみ、ぎこちなく笑った。よく見ると手が震えている。
『二〇二〇年まで残り三十秒前! 二十九、二十八……』
 テレビから声が聞こえ、カウントダウンが始まった。
「歴史に名を残した偉大な人達は、最初はみんなに馬鹿にされたんだ! でも彼らは自分を信じていた! だから自分でやり遂げることができたんだ!」
 彼の声は雨雲を消し去る勢いだった。
「でもさ、家族だけは信じてあげてよ! 家族の一人や二人、馬鹿な挑戦をしたっていいじゃないか! それを否定したら終わりだよ! そこで彼らの人生は【停止】してしまうんだ!」
 その刹那、風の流れが止まったように感じた。

――りっちゃん そんなことは《やめなさい》

 母の声だ 父も同じことを言っていた
 この言葉 この言い方が 私の人生を止まらせた
 私のやりたかった情熱が あのとき 止まってしまったんだ

「私は……信じる」うまく声が出ない。「私は、弱くて怖くてやりたいことができなかった……それを言い訳に、夫に強く当たってしまったの」
 重たい涙が頬を流れた。
「ごめんなさい……信じてあげなくて、ごめんね」
 私は拳を握りしめた。「失敗したって成功したって私は大切な人を応援する。私はもう後悔なんてしたくない。自分で明るい未来を作っていきたいの!」
 どんよりとした雨雲が、一気に動き出した気がした。
 落雷の音が鳴り響き、私は危険を察知した。
「そこは危険だわ……お願いだから戻ってきて!」
 彼は右腕を空高く突き上げた。
「大丈夫――これから《家に戻るんだ》」
 彼は、にっこり笑うと付け髭がポロリと下に落ちた。
 その顔を見て私は驚愕した。テレビの歓声が私の鼓膜を貫き、脳内で反響する。『新年まで五秒前! 四、三、二、一……!』
 彼は、夫に似ていたが《三太郎ではなかったのだ》――。

 あなたは、誰……?

 背筋に衝撃が走る。彼の笑った顔が《私にも〝そっくり〟だった》――。
「あなたの家族になれてよかった」
 彼が微笑んだ瞬間――何かが爆破したような轟音と共に、雷が落下した。「きゃあっ!」私は衝撃で後ろへ倒れ込む。目の前が真っ暗になった。

 目を開けると美結と玲美の顔があった。「おかあさん」と私の体を揺すっている。意識朦朧と起き上がる。外は静寂に包まれ、青白く変わりつつあった。
『A HAPPY NEW YEAR!』
 寝起きの娘がつけたテレビから声がした。私は気絶していたのだろうか。
 心臓がまだ高鳴っているのは『落雷』のせいじゃない。さっきまで目の前にいた『彼』が忽然と姿を消したのだ。黒ずんだベランダに焼け焦げた赤い服と手袋があった。彼の体だけが消えた――これは夢じゃない。
 まさに雷に打たれたような衝撃だった。
 私はベランダから一階を見下ろすが誰もいない。玄関のドアも確認するが鍵とU字型ロックが内側から閉まっていた。
 すると『ピンポーン』と音が聞こえ、玄関の外から「おーい」と声がする。聞き慣れた声だった。鍵を外してドアを開けると、そこには『夫』がいた。
「……おう、立子。起きてたのか」
 彼だった――三太郎だ。今度は間違いなく〝本物〟である。
 帰ってきた。こんな寒い明け方に。「どういうこと」と私は訊く。
「あれは魔法なの……? マジックショーなんでしょー?」
 私の意味不明な言葉に、夫は「はあ?」と素っ頓狂な声を出す。
 彼、曰く『研究室で後輩と会って今まで実験に没頭していた』そうだ。
 彼には完璧なアリバイと証言者が存在した。ということは……。

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