【ARUHIアワード12月期優秀作品】『落雷のサンタクロース』長尾優作

 覚悟しておけよ、三太郎。
 今回は絶対に許さな――ドッカーーーンッ!
「きゃあっ!」
 突然、窓の外に稲妻が走り、轟音が鳴り響いた。「何……?」
 大きな落雷だった。電気は消え、居間は暗闇と化す。
「停電? 最悪……」
 破れた襖の穴から寝室を見る。娘二人は寝返りを打ち熟睡中だ。
 手探りで居間の引き戸を開け、台所の奥のブレーカーを上げた。
 電灯が点滅し、台所全体が明るくなった。
 居間に戻ろうと振り返ると――目の前に【サンタクロース】がいた。
「……え」
 突然の登場に言葉が出ない。人間、本当にビックリすると声が出ないのだ。
 赤い服を着た男が食卓の椅子に座っている。ようやく気づいたのか、サンタは私を二度見した。挙動不審なサンタは、慌てて立ったり座ったりと動揺を隠せない。よく見ると手紙を書いていたようだ。私はそれを確認する。
「立子さんへ?……私に?」
「あ、ダメ!」サンタは手紙を奪い取り、急いで口に放り込む。
 怒ろうとしたが、ヤギのようにむしゃむしゃと手紙を食べてしまうその顔がどうしても憎めない。
「せっかく書いてたのに」と彼が言う。その声に聞き覚えがあった。
「もしかして……三太郎じゃない?」
 私は前に出て彼の顔を覗く。赤い服にとんがり帽子。口から首まで繋がる大きな白いヒゲと手袋をして誰だかわからなかった。あの服は美結の幼稚園のクリスマス会の時に夫が使用した衣装に似ているが、気のせいか。
 顔の骨格も体も声も『夫の三太郎』そっくりだ。
「何してるの、そこで」
「違うよ、三太郎じゃなくて……サンタです、サンタクロース」
 赤いズボンがズルっと落ちる。サイズが合っていないようだ。
「何言ってるのよ、こんなヒゲまでつけて」
 付け髭を取ろうと彼の腕をつかんだが左手首に見たことのない【最新式の腕時計】があった。
「何これ、こんな物買うお金がどこにあるのよ!」
「これは大事なモノだから触らないで!」
「没収するから貸しなさいっ」
 強引につかんだ拍子に何かを押してしまったのか【腕時計】からピッと音が聞こえ、一瞬で《居間》に着地した。
「あれっ?」
【腕時計】から停止音が鳴り響き、赤いランプが消えた。
「バッテリーが切れちゃった……」彼は落胆した様子で言った。
 その前に気になることがある。
「いま、居間に、いましたっけ……?」
 先程まで私と彼は隣の《台所》にいたような……。
「発電機ある?」と彼が言う。「強力な電気が欲しいんだけど」
「電気? 電池なら向こうにあるよ」
 居間にある戸棚を指差すと彼は電池を探し始めた。私は首を傾げる。
「玄関と窓の鍵閉めてたのに、どうやってこの家に入ったの?」
 彼は付け髭を直し、声色を一段低くした。
「その秘密を知りたいかい、お嬢さん」
 彼は人差し指をピンと立てた。
「それはね……魔法だよ」
「え?」
「サンタだから『魔法』を使いました」
 …………
 ――何を言ってるんだ、この人は。
いい年して『魔法』って。きっと娘達を驚かせようとサンタの姿をしたんだな。こんな手の込んだ〝子供っぽい〟ことをするのは夫以外に考えられない。
「トナカイさんに乗ってピューっとここへ舞い降りて――」
「もういいよ、三太郎」
「え」
「どっちにしろ、家族を置き去りにするなんて許せない」
 私は彼に近寄り、首根っこをつかんで溜め込んだ怒りを解放させた。
「突然出て行きやがって、この大馬鹿三太郎ぉおおっ!」
「ひえぇええーっ!」
 サンタは震え、白目になった。ふと、寝ている娘達を気にし、手を放した。
 母親がサンタの首を締めている姿を見たらトラウマになってしまう。彼は息を乱し「三太郎は馬鹿じゃない」と訂正した。テレビから『二〇二〇年まで残り十分となりました』と司会者の声がする。今年中に喧嘩の決着をつけたい。これ以上、長引けば私達の夫婦関係はもう――。
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