「え?」
彼は電池を探しながら言った。
「夫婦って喧嘩するものだし。もうアレコレ『やめなさい』って否定するのはよしたほうがいい」
一瞬だけ『自分の家族』が脳裏に浮かぶ。
――りっちゃん そんなことは《やめなさい》
私は振り消すように首を横に振った。
「三太郎。反省してないでしょ」
「俺、三太郎じゃないってば」と赤い帽子を深く被る。彼は電池BOXを見つけ、コタツの上に置いて中身を探った。私は彼の正面に座る。
「じゃあ、サンタさん。その電池を好きなだけあげるから、その代わりに私の質問に答えて夫じゃないことを証明して。嘘はつかないでね」
「いいよ」
彼は色んな種類の電池と配線コードを組み合わせながら耳を傾けた。
「今、何歳?」
「三十歳」
「血液型は?」
「B型」
「好きな映画は?」
「SF映画」
「あなたの苗字は?」
「『瀬戸際』です」
「てめえっ、三太郎じゃねえかっ!」
私は彼に飛びかかり、胸ぐらを強引につかんだ。
「ぎゃあ、やめてえ」とサンタがジタバタ暴れている。
彼は咳込みながら「この鬼嫁っ!」と吐き捨てた。
「ふざけないで。何で今さらサンタの恰好してるのよ」
「え、今日クリスマスイブだよね?」
「は?」
二人は一瞬、顔を見合った。
「イブは先週の火曜日。今日は三十一日よ」
サンタはカレンダーを確認し、テレビ番組の司会者に目を向ける。
『二〇二〇年まで、あと五分です』
彼は目を丸くして私を見た。
「……間違えた」
「間違えすぎよ、あんたの人生」
全く彼と話が合わない。こっちは置時計であっちは巨大な時計塔のように、どうやっても二人の歯車が噛み合わないのだ。
夫を理解できない妻が悪いのか。私はひどく落ち込んだ。
「結婚なんかしなければよかった……」つい口から漏れて「私もここを出て行くつもりだった」と呟いた。
「え、どこに?」
「……もう、限界なのよ」不満を言うたびに目から滴が溢れてくる。
強がっていたが耐えられなかった。
過去に戻って、全てをやり直したい。
「あの手紙に――」彼の言葉が聞こえた。「書こうと思っていたのは大切な人の言葉なんだ」
彼は透き通った目で私を見つめた。
「過去をやり直すことはできない。しかし、未来を作り上げることはできる」
どこかで聞いた言葉。なぜか今はすんなりと耳に入ってくる。
「これにもうひとつ自分なりの言葉をつけ加えたい」
話しながら電池を組み合わせ、ヘンテコな装置を完成させた。
「必ず、自分の力でやり遂げること――これが一番大事」
配線コードで色んな電池を巻きつけた独創的な発明品ができた。
「過去を『後悔』するんじゃなくて今を作り上げて【公開】するべきなんだ」
目つきが変わり、電池の装置を持ち上げた。
「よし。『特製混ぜこぜ電池』の完成だ。この電気で装置のパワーが……復活!」
彼は電池の配線を【腕時計】と繋いだ、が反応なし。
「ありゃ、失敗だ……やっぱこれじゃ足りないや」
どうやら市販の電池じゃ腕時計を修理できないようだ。彼は途方に暮れていた。私は自分がやったことを後悔したが、先程の言葉を思い出し《今》何かできないかと、辺りを見渡した。
窓の外では頻繁に〝カミナリ様〟が唸っている。
「また雷だ……」と私が言った途端、彼は飛び上がった。
「それだ!」
思い立ったが吉日とばかりに、彼は窓を開けて颯爽と狭いベランダに飛び込んだ。「え、何?」慌てて私も立ち上がる。
彼は【特製混ぜこぜ電池】と自分の【腕時計】に傘の金属部分のみを装着させ、特殊なアンテナ装置を作り上げた。それを右腕に装備すると、ベランダの柵から外へ出るように腕だけを真っ直ぐ横に伸ばした。
「何してるの、危ないわっ」止めようとしたが「来ないで」と彼が叫ぶ。
雨雲が生き物のように動き出し、無数の閃光が天空に散った。