【ARUHIアワード12月期優秀作品】『マイ・スイート・ホーム~ここが私たちの終の棲家~』山崎ゆのひ

「私が本当に側にいてほしい時に、あなたはいない。何もしてくれない。結局、あなたはこの家と同じ。見かけはきれいでも中身は何もないのよ!」
 直彦の顔から驚きが消え、静かに私の気持ちが収まるのを待っている。
「拓斗のことは悪かった。あの頃は、俺も会社で責任ある仕事を任されて頭が一杯だったんだ」
「私はあなたに、家族のことを一緒に考えてほしかった。それなのにあなたは今度はマイホームに夢中」
「俺なりに心機一転、環境を変えるのが家族のために良かれと思ったんだけどな」
「私、本当は嬉しかった。この家に越してきた時、周りは知らない人ばかりでも新しいおうちであなたと二人、新婚のときみたいに何でも話し合って暮せるって思って」
「今は?」
「寂しい……!」
 直彦は、手を伸ばして私を引き寄せた。私は直彦の腕の中でソファに座ったまま、高揚感と胸の鼓動が静かに引いていくのを感じた。
「20年以上昔のこと、思い出したよ」
「20年前?」
「美香と付き合うようになったときのこと」
 直彦は何十年振りかに私を“美香”と呼んだ。“ママ”でも“お前”でもなく。
「何?」
 直彦は私を抱きしめたまま、空を見つめる。
「要領が悪くて失敗ばかりしてる美香ちゃんが好きです。僕と付き合ってください」
 思いがけず、優しい感情がひたひたと心に打ち寄せてきた。
「美香と結婚できて嬉しかった。一生、この人を守っていくって誓ったんだ」
「あなた……」
「悪かった。俺も、満員電車やらローンやらでイライラしてた。なあ、この家を売って、また都心のマンションで暮らそうか?」
「念願のマイホームを手に入れたのに?」
「せっかく買った家だけど、美香が寂しいのなら手放しても惜しくないよ。そうすれば美香も友達に会えるし、俺ももっと早く家に帰れるようになると思う」
 もちろん、本心ではないだろう。でも、直彦の精一杯の譲歩だということは分かった。
「ありがとう、そう言ってくれて。でも、私は大丈夫よ」
「本当に大丈夫?」
「ずっと心に溜まってたことを吐きだしたらすっきりしたわ。本当は私、この家が自慢だったの。きれいで可愛くて、写真を見た友達は、みんな褒めてくれるし」
「そうなのか?」
「私、若い子みたいにインスタグラムとかいうの、やってみようかな。そうすれば、友達ともつながれるわ」
 直彦は、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「なあ、新婚の時みたいに、また笑って暮らそう」
「戻れるかしら?」
「照れるな、50過ぎたオッサンが言うと」
「50目前のオバさんも協力します」
「拓斗が帰ってきた時に、びっくりするくらい明るい家にしよう」
「ありがとう、あなた」
 直彦は私を立ち上がらせて二階へ誘う。私たちはその晩、何年ぶりかに一つになった。この年でこんなに穏やかな一体感を味わうことができるなんて、思ってもいなかった。いや、長い年月を共にしたからこそ、ぎこちなさの中に互いを労わる気持ちが生まれたのだと思う。

 次の朝、私は満ち足りた思いで目覚めた。床暖の名残は霧消して、底冷えする寒さだった。私は反射的に壁のヒーターに手を伸ばした。
「寒~い! 朝ご飯、昨日の残りのシチューでいいかしら?」
「今日、土曜日だろ? たまにはベンツで朝マックにでも行こうか?」
「やった~!! ドライブスルーだったらパジャマにガウンでもOKよね」
 私ははしゃいだ声でベッドから抜け出した。直彦も身体を起こした。
「夕べはテレビも見ずに寝たけど、雪はどのくらい積もったかしら?」
「そういえば、ここに来て、初めての冬だよな。積もってたら身動きがとれなくなるから、雪かきくらいはしといた方が……。ちょっと見ておくか」
直彦はカーディガンを羽織り、階段を下りていった。玄関ノブをガチャガチャさせる音がする。さらにドアにタックルする音。私は階下に向かって叫んだ。

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