【ARUHIアワード12月期優秀作品】『マイ・スイート・ホーム~ここが私たちの終の棲家~』山崎ゆのひ

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 降り始めた雪が私たちのスイート・ホームの屋根を白く彩る。まるでクリスマスカードみたい。山小屋風の二階建ての家はこの辺りで一番小さいけれど、夫の直彦は誰の援助も受けないで一戸建てを購入したことがとても誇らしいようだ。カーポートには黒塗りのベンツ。これも直彦のお気に入り。でも、免許のない私には宝の持ち腐れ的代物。いや、直彦が自分の子どものように可愛がってる車だから、たとえ私が免許を持ってたって運転させてはくれないと思う。
 京王線の終点に近い最寄り駅からバスで10分、バス停から徒歩5分の場所にある我が家の生活にもようやく慣れてきた。毎日の買い物は自転車で30分かけて駅前のショッピングモールへ行く。都心の便利なマンション暮らしが恋しくなるけれど、わがままを言ってはいられない。だって、ここが私たちの終の棲家になったのだから。

 木枯らしが吹きすさぶ。ここで迎える初めての冬。八王子は都心に比べて気温が2、3度低い。転居してから気候や自然を常に身近に感じるようになったと思う。
 春はスギ花粉。やうやう温かくなりゆく多摩丘陵、高尾山から飛び立つ花粉にマスク手放せぬ。都心より1週間遅れの桜の便り、いとうれし。
 夏はゲリラ豪雨。山間部より渡り来る雨雲、局地的豪雨を降らせる。夜は涼しく、寝苦しきこと少なし。
 秋は紅葉。ベンツ駆り立て紅葉狩りなどいとおかし。枯葉積もりたるさまもいとつきづきし。
 冬、そして冬は? 私はボルボの窓から空を見上げた。どんよりと重たげな雲から音もなく降り続く雪。11月に入って2度ほど粉雪が舞ったが、今日の雪は本格的でかなり積もりそうだ。50歳を目前にして、寒さに弱くなったように思う。お隣の澤村さんが車で買い物に誘ってくれてラッキーだった。こんな日に自転車なんて自分が可哀相すぎる。澤村さんは地域活動のリーダー的存在だ。挨拶程度の付き合いが多かったマンション生活に比べ、ここは隣近所のお付き合いが濃密だと思う。
 ボルボが砂利道を踏む音に、私は我に返った。
「澤村さん、ありがとうございました、車に乗せてくださって。こんな日に自転車で買い物なんて、想像しただけで凍えちゃいそうです」
「いいのよ、秋山さん、お安い御用よ。それじゃ、クリスマス・バザーの件、地元の子どもたちが楽しみにしてるから、よろしくね」
「は~い、了解です。それじゃ、失礼します」
「雪、積もるわね。気を付けた方がいいわ。おやすみなさい」
 私は車のドアを閉めて、澤村さんに手を振った。おお、寒い。澤村さんのボルボはうちの裏手の瀟洒な北欧風の建物に向かう。事実、スウェーデンから建材を取り寄せて建てたおうちだそうだ。
 私は自宅の玄関を開けた。カランコロンとドアに取り付けたアルプス風の鐘が鳴る。両手にぶら下げたスーパーの袋には、積雪を見込んで3日分の食材が入っている。まとめ買いをしようにも自転車では限界があるから、澤村さんには感謝しかない。今日は身体が温まる献立にしよう。早くしないと、直彦が返ってきちゃう。私は床暖を入れて野菜を刻み、煮込み始めた。
 ドアチャイムの音がした。同時に、待ちきれないようにドアノブをガチャガチャさせる音。直彦が帰ってきたのだ。まだ5時なのに。いつもより早いじゃない。夕飯の用意もできてないし、お風呂も沸かしていない。玄関に出ると、直彦は自分で鍵を開け、コートに積もった雪を払い落としていた。
「お帰りなさい、早かったわね。寒かったでしょう?」
「ああ、夕方から大雪の予報だったから、会社から早めに退社するよう指示が出たんだ。ところが同じような人が駅にあふれてて、入場制限されちゃってさ」
 一昨年の1月に東京を豪雪が襲ったとき、帰宅難民が駅にあふれた。タクシーを利用する人が長蛇の列を作り、都会がいかに雪に弱いかを露呈した。直彦は重いコートを私に預け、玄関に上がった。

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