【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『秘密の家族とハイボール』麻北鉄

 石川が黙ってしまう。まずい。空気を換えないといけない。
少し呼吸を置く。
「てわけで、まあ今は、一人暮らし結構気に入ってるよ」
笑って無理やり空気を和やかにしようとする。
石川は、たぶん何を言えばいいかわからず、ビールを飲み干す。
「あ、石川。なにか飲む?」
「あ、じゃあハイボールを」
「おっけー。僕もそうしようかな」
「ありがとう」
なんだか会話がぎこちない気がする。気にしすぎかな。気にしてない風にすると妙に自分の口調がわざとらしく感じる。
「部長は…ウイスキーお好きでしたよね?」
なんとか話題を変えたくて部長に話題を振る。
「ああ、好きだけど…… こういう店だと頼まないね」
「やっぱりウイスキーこだわられているんですか?」
「いや銘柄自体はここにも良さそうなのが揃ってるけど、自分で作って飲みたくてね」
いい。この年代に自分のこだわりを語らせると長い。いつもはうんざりするところだが、石川にやたら反論してしまった今に限ってはありがたかった。ウイスキーの話題を振って種火はできた。あとは僕が火をくべるだけだ。
「ハイボールって作り方でそんなに違うんですか?」
「うん、やっぱり自分で作ったほうが美味しいんだよ。自分の理想通りに作れるからね。」

「僕は、少し薄めのハイボールがいいんだ。氷はあんまり多く入っていると、唇に当たるから好きじゃない。歳食ってくると、歯にもしみるしね」
笑いどころだ、と思って、ハハッと少し声に出して笑う。だけど笑いすぎないように注意だ。身体にガタが出始めた、というギャグは、笑いすぎると相手をバカにしていると捉えられる可能性もある。若手ならなおさらだ。
「ただその分、炭酸水はキンキンに冷やす。ウイスキーと炭酸水で2対8くらいかな。それくらいで調整して、あと、炭酸がきつすぎるのも痛くて味に集中できないから、何回かかき回す。プロの人なんかは、炭酸が抜けないように軽くステアするだけだけど、僕は逆なんだ」
「なるほど」
いかにも興味ありますという感じで聞く。実際、少し面白かった。俺も強炭酸はあまり好きじゃない。
「すみません、ちょっとトイレ行ってきます」
石川が立ち上がる。タイミングが悪い。
部長と二人になると少し沈黙が生まれてしまった。気まずくてとりあえず呼び鈴をならす。

「お待たせいたしました。」
呼び鈴を鳴らすとすぐに店員がやってきた。
「ハイボールを二つと……」
部長のほうをみる。そういえば部長の注文を確認していなかった。
「あ、ハイボールを三つでお願いします」
「え」
「かしこまりました」
店員さんが愛想よく戻っていく。
「と、正直なところ、ハイボールの違いなんてあんまりわからないんだよね。」
「え、でも……」
「ほかの部課長たちはお酒にこだわりある人が多いでしょ。だから正直に味わからないって言うのもカッコ悪くて調べたんだよ」
「そうなんですね……」
「そしたら妙にウイスキー好きって思われちゃってさ。」
「なんで教えてくださったんですか?」
「……こういうの、何人かに共有しておくと、急に楽になるんだよ」
「でもなんで僕に」
「ちょうど石川ちゃんもいなくなったからさ」
店員さんがハイボールを三つ運んでくる。
氷がぎちぎちで、やや濃い目に見えるハイボールを、部長は美味そうに飲んだ。
「あ、このハイボールは、君が間違って三つ頼んだことにしておいてね」
「わかりました」
ちょっと笑ってしまう。
「じゃあもう一回乾杯しとこう」
「あ、はい」
部長と乾杯をする。何の乾杯だろう。秘密の共有? とりあえず部長は気楽そうにハイボールを飲み続けていた。

 僕もハイボールを一口飲んだ。
 石川が戻ってきたら、ちゃんと謝ろう。
 そして、様子を見つつ、僕の家族の話もしようかと思う。どう切り出すか考えながら、またハイボールを口に運んだ。

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