【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『パパの再婚』山本

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 入り口を開けると、大さんが「おかえりなさい!」と振り返った。既に準備を始めているらしい。壁には「パパ&メグおめでとう」と一文字ずつ丸い紙に書かれた飾りが貼られ、二人が座るテーブルには白いテーブルクロス、ピンクの小さな花が活けられたガラスの花瓶が置いてある。
「少しでも、結婚式っぽくなるかなと思って」
 大さんが笑う。
「いいですね」
 ユリが答える。
「二人とも、ぼぉっと見てないで手伝ってくださいよ!」
 調理場から春子ちゃんが顔を出し、右手に持った菜箸を鬼の角のように掲げた。

 ここは場末の居酒屋だ。
 大さんは店長、春子ちゃんは従業員。
 今日はパパがやってくる。一週間ほど前に連絡があり、せっかくだからパパと親しい人たちが集まって、サプライズのお祝いをやろうと大さんが計画した。パパとメグさんが入籍したのは2年ほど前。コロナ禍で式は挙げていない。この居酒屋も時短や休業を繰り返し、パパが来ること自体久しぶりだという。
「僕、面識ないけど大丈夫ですかね」
 テーブルやカウンターを拭きながらユリが尋ねる。
「あれ? ユリくん、パパ初めてだっけ?」
 あん肝を積み上げて作ったミニ・ウエディングケーキを完成させながら大さんが尋ねる。大きな丸いガラスの食器は中央が少しくぼみ、そこに盛られたあん肝の周りにはワカメのブーケ、上からは菊の花、ピンクペッパーが飾られている。
 ユリがこの居酒屋を知ったのは半年前。コロナの規制が緩和され始めた春だった。週に2~3回、お通しとつまみを1品、お酒を1、2盃。最後に食べる日替わりチャーハンが楽しみで通うようになった。少しずつ他の常連さんたちとも仲良くなり、話の中で「パパ」と呼ばれる人の存在も聞いてはいたが会ったことはない。
「他に来る人、みんなユリくんのこと知ってるから大丈夫だよ」
 ユリが拭いたカウンターにパーティークラッカーを置きながら泉さんが言う。金曜日に大抵いる泉さんはユリが最初に親しくなった常連さんだ。テーブル席もあるが、コの字のカウンターが大部分を占める店内は、知らない相手でも隣同士で話し始めることが多い。
「君はどう思う?」
 泉さんとはその質問が始まりだった。彼女が友人たちとカレーには福神漬けかラッキョウかで揉めていたときだ。
 確かに周りが知っている常連さんたちなら、ユリがパパやメグさんを知らなくても何とかなりそうだ。今朝、駅に向かう途中で会った雄さんも「もちろん行くよ」と言っていた。不敵な笑みを浮かべていたから、きっとお得意の派手なパフォーマンスを企んでいるに違いない。
 他の人たちも集まり始めている。シャンパンを差し入れる人、花束を渡したいから奥のスペースに隠しておいてと頼む人、プレゼントがかぶったと慌てる人。今夜はみんなが同じメニュー。大さんと春子ちゃんは前日からやっていた仕込みもひと段落し、パパたちが来る前に少し時間が空きそうだった。

「わたしはちょっと、パパの再婚には反対です」
 グラスを拭きながら春子ちゃんが言った。
「別に今のままでいいじゃないですか。お子さんがいるわけでもないし」
「もう七年だからね。パパも寂しいんだよ、一人は」
「寂しいって……」
 奥さんを亡くして数ヶ月経った頃、仕事でも調子が戻らないパパがふらっと寄ったのが開店して間もないこの居酒屋だった。春子ちゃんはその当時のことは知らない。いつもスーツ。無口でさっと食べて飲んで帰るパパはどこか少し距離があり、大さんも必要以上に話しかけなかったという。
 それを打ち破ったのが泉さんだ。
「一人でいつもしんみりと。どうした? 奥さんに逃げられた?」
 あれほどデリカシーのない始まりはないと、この居酒屋の語り草になっている。泉さんが言うには「気を遣って、あえて」の質問だったらしいが、顔は真っ赤だったらしいから真意は定かではない。

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