【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『秘密の家族とハイボール』麻北鉄

「あーうちも多分わからないと思います。母もパソコンはほとんど使わないし」
「そうだよねー。あとネット関係のこと全部聞かれてうざくない?」
「わかるよ」
「でも、今はなんでもネットで申込みだもんね。僕もこの前、娘にホテル予約してもらったよ」
「えー部長、絶対うざいって思われてますよ」
「そうかなあ。どう思う?」
部長がまた僕に話を振る。
「自分で調べろって感じだよね」
石川が勝手に答えて、同意を求める。
「うん。こんな時ばっか利用しやがって、って思うよ。この前はもう電話切ってやった」
「ねえちょっと、それはやりすぎだよ」
石川が苦笑して言う。あ、そんな程度なのか。
お昼、しっかりと食べておくべきだったな。たいして飲んでいないのに、すきっ腹だったからお酒が回るのが早い。
「石川ちゃんとこは家族で仲良いもんねえ」
部長が切り出す。今日はもうしばらく黙っていよう。手持無沙汰になって、ハイボールを口に運ぶ。
「そうですね。今でも家族でゲーム大会とかやりますもん」
「今でも? すごいねえ」
(家族でゲームなんてやったことないですよ。そもそもゲームも禁止でしたし)
こうやって心の中で会話に参加しておく。そうすれば話を振られても対応できる。
「うちは中学くらいから、娘が冷たくなっちゃってね。家族で一緒に買い物に行くのも嫌だって」
「あー私もありましたよ、そういう時期。大学くらいから、気にしなくなりますって」
(僕は家族で出かけたことはほとんどないですね。父と母はほとんど一緒にいないんです)
「だから、まだ実家暮らしは続きそうですね。快適ですから。」
「そっかー親御さんはうれしいだろうね」
「はい、たぶんそう思います。あと一人暮らしより生活費浮きますし」
(だから毎回ランチに千円かけられるわけね)
「でも若いうちは一人暮らしも快適だよね」
部長が話を振る。
「はい。俺は考えられないな。父親も母親もうざったくて」
無意識に、石川に向かって言っていた。
「えーそう? ご両親と仲良さそうなのに。毎週電話かかってくるんでしょ」
毎週電話がくるのは本当だ。だけどそれは決して仲がいいからじゃない。
「いや、うざいよ。一人暮らしだとさ、ご飯とか自分の好きなタイミングで好きなもの作れるからね。風呂のタイミングも気を使わなくていいし」
 酔ってるな、という自覚はあった。異常に反論しすぎている。和やかな飲み会の雰囲気にそぐわない。それは、おとなしい自分のキャラじゃない。明日後悔するだろうな。
「ゲームもさ、今はオンラインが基本だから家族でやるのも面倒っていうか、満足できないし、今は若いってのもあると思うけどもっと同年代と遊びたいわ」
もう寝る前に布団の中で一人で反省会しちゃうだろうな。そういう時は一人暮らしちょっとつらいよな。石川はまだ家族で川の字で寝てたりするのかな、そんなわけないか。
「あと親ってやっぱり口出してくるじゃん?業務うまくいってないときに限って『会社どう?』とか話しかけられたくないタイミングで、話しかけられたくないこと言ってきたりするじゃん?」
 たしかに父からは、会社での様子を聞かれる。だが、社会人の先輩として息子を労おうとか、悩みを聞いてやろうという気は微塵もない。学歴にコンプレックスのある父が聞きたいのは息子の武勇伝だけだ。週末に、自分が育てた息子がどんなに活躍しているかを聞いて、月曜からの自分の冴えないサラリーマン生活の中で、自慰的に消費するのだ。
「ああ、そうだね。不満もあるよ。母さんとかは口うるさいしね。心配なんだろうけど」
違う。石川の母は知らないけど、自分の母親とは確実に違うはずだ。僕の母は、別に僕のことを心配していない。
母からは毎週、愚痴と不安を聞かされる。僕の話すターンは回ってこない。父親とこんなことで言い争いになった、パート先の新人の態度が悪い、職場の同僚に孫が生まれた。でも最後には、田舎の暮らしは苦しいけれど都会にはない人情がある、と締める。都会で働く息子に対しての当てつけなのだと思う。母は、結局のところ父の言うとおりに進学・就職した自分をどこか嫌っている。でも頼ることができるのも息子だけなのだ。電話で少しでもつながりを持っていたいのだろう。母が心配しているのは常に自分の将来だけだ。
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