彼女たちの発する周波数で窓が割れるかと思うぐらい笑い声が車内に響いた。
こっちに戻ってくるときジョウさんはふぅと深く息を吐いているのがわかった。
小さな声で翔ちゃん軽蔑しちゃう? 僕のこと。
って言うから。
しないよ、だってジョウさんの仕事だもん。
ありがとう。生きるって翔ちゃん大変よ。あれで10枚配ったよ。
あれでひとりかふたり来てくれて、つぶやいてくれるとうれしいんだけどね。夏はなんだかお客の出足が悪くってね。
俺はなんとかジョウさんを勇気づけたくて。
大丈夫だよ、いっぱいくるよ。あの子たちみんなくるよって言った。
調子いいんだから、そういう術を翔ちゃんどこで習った?
とかなんとか言ってみたりしてってジョウさんがおどけた。
駅に着くと、まだそこは明るくて。
テトラポットが遠くに見えていた。
じっとしていても寄せては返す波の音が聞こえてる。
音楽なんていらないなってジョウさんがつぶやいた。
なんとなくジョウさんの横顔を見ると、なんとなく所在なげだった。
この表情って親父もよくするなって思いながらみていた。
いつの間にか似てしまったんだろうかって思ったらジョウさんが俺の視線に気づいて
俺の頭をまっすぐ前に向けた。
なになになに?
頭をジョウさんにぐっとつかまれたとき、指のあたりがやさしくて。
翔ちゃんの髪、さらっさらだね。今気づいたよ。あの頃はまだ中学生になったばかりだったから気づかなかった。で、どこのシャンプー使ってんの?
俺はちょっとどぎまぎしながら、俺? あ、シャンプーなんかシークワーサー入りのなんとかっていう親父もおんなじの使ってるよ。
どこの? ヘアサロン系の?
ちがうよ。親父と俺だよ。そんなこじゃれたの使わね!コンビニで売ってたやつだって。
俺はおかしくなって笑った。
世の中の男子達はみんなサロン系のシャンプーを使ってると思っているであろうジョウさんのその世間とのずれが可笑しくなっていた。
ほんと、ジョウさん美容師だね。俺は囁いた。
髪の毛を触っていたジョウさんが我に返ったみたいにごめんごめんって言って手を引っ込めた。
翔ちゃん俺、美容師向いてないんじゃないかなって。店長にまでなって今更だけどさ。
今日の店長会議が、かなり堪えてるんだな。
力なく微笑んだジョウさんの目じりに夕日が当たっていた。
ジョウさんはなにかを思いだしたみたいに、この間翔ちゃんのパパに会ったよ。
って言った。
俺は、その話がどこかで出てくるんじゃないかって若干緊張しながら、知ってるよって答えた。
ジョウさんは俺の高校の卒業式にも来てくれた。
その時にみんなで撮った写真を親父に預けてくれて、この間その写真を受け取ったばかりだったのだ。
ありがとう、ジョウさん。あの写真は大事にしまってある。
会話の凪が訪れた。
あれからパパさんどう? 元気にしてる?
そのことが聞きたかったんだなって俺は思った。
うん、元気そうだけどさ。パッケージとしては元気そうだけど、あれ以来あまり元気ないかも。
それを聞いていたジョウさんは軽く息を吐いた。
僕もね、そうなんだよ、なれないって言うかさ。いつもみんな週末には会ってたでしょ。
食事したり映画観てごんごん泣いてさ。それがあの病のせいでぽっかりあいたら、ぽっかりのままになっちゃって。
ぽっかりを埋めるのはもしかしたら今日かもしれないと俺は瞬間的に思った。
そして思い切りジョウさんに提案した。
「ジョウさん、久しぶりに俺の髪切ってよ」