【ARUHI アワード2022 9月期優秀作品】『イッヌ』小田虹里

 旦那が細い一重の目を、より一層細めて笑うと、右口元にえくぼが出来た。私もそれを見ては微笑みが絶えない。ピンクの服が褒められたことも、此処へ連れて来てもらえたことも嬉しい。何より、Mまるが『ぬいぐるみ』としてではなく、家族として見てもらえたことが嬉しくてくすぐったかった。旦那に抱きかかえてもらった腕の中で、Mまるはご満悦な表情を浮かべている。
 中庭をおじさんと見守りながら、ごんたの写真を私も見つめる。嬉しそうに舌を出している表情から、ごんたもこのおじさんのことが大好きだったのだろうと容易に想像でき、微笑ましく思えた。
 旦那はというと、おじさんの話を受け止めながらも、Mまるに夢中だ。柱にMまるを凭れかけさせて、はらはらと落ちてきた紅葉を手に取りMまるの右手に乗せてあげていた。そして、スマホで写真をひたすら撮る。アングルを変えては、何枚も撮る。何なら、お客さんが他に居ないタイミングを見計らって、自撮り棒でMまるとのツーショットも撮影する。旦那は写真を撮ることが趣味のひとつだった。思い出を残すことが好きらしい。
「Mまるくん、またね! またおいでね!」
「ばいばーぃ!」
 手を振りながらも、応えているのはやはり旦那だ。けれどもそれは、他でもないMまるの声だった。旦那と似た細い目のMまるは、頬のチークをオレンジの染めながらも、夕陽を浴びる。
「そろそろ帰らんとなぁ」
「泊りがけでこればよかったね」
「急に決めたからね、しゃーないなぁ」
「次は泊まりがいいね」
 私は車に乗って、後ろを振り返った。後部座席には、旦那がしっかりとMまるを座らせている。流石にチャイルドシートまでは準備していないが、シートベルトは必ず締めてくれている。急ブレーキを踏むことなど早々ないが、ゼロとも言えない。突然のブレーキでMまるが吹っ飛んでしまっては、私も旦那もただではいられない。実の子を失うように、燃え尽きてしまうことは想像が出来る。それだけ私たちにとって、Mまるはかけがえのない子どもとして位置づけられていた。
「あのさ」
「? なに? どうかした?」
「ごんたくん、可愛かったね」
「うん?」
 旦那は後部ミラーでMまるの表情を確認しながら、照れくさそうに後を続ける。
「Mまるにもさ、弟か妹が居たら喜ぶんやないかな?」
「!」
「家族が増えるってのは、喜びも増し増しやない?」
「それ、ナイスアイデアだよ!」
「やっぱ!? よっしゃ、今度またゲーセンいこまい」
 ゲーセンという単語に、私のテンションはさらに上がる。遠出して疲れもあるが、アドレナリンが止まらず眠気は一切来なかった。それに、まだくねくねの山道は続く。不慣れな旦那の長距離運転では、おちおちと寝てもいられなかった。
「今度は柴犬のぬいぐるみがいいなぁ。いや、ぬいぐるみなんて言い方余所余所しいなぁ」
「じゃあ、なんて呼ぶ?」
「うーん……」
 旦那は少しだけ間をあけた。そして何か閃いたらしく、子どもっぽい無邪気な笑いを浮かべた。
「犬のぬいぐるみだから、イッヌ!」
「イッヌ……か。いいね、それ!」
 私もあははと声をあげて笑った。同性で子どもはぬいぐるみ。それが私の愛しい家族。夕陽は伸びてフロントガラスから奥まで差し込む。Mまるの顔にまでしっかりと、光は届いていた。

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