アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた9月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
私と旦那の間に、子どもは生まれない。何故なら旦那は同性のパートナーだからだ。旦那は二つ年下で、ちょっぴり頼りない。装いにこだわりもなく、髪もボサボサ。ただ、一緒に居るとにこにこして、私の手料理を美味しい美味しいと食べてくれる。それだけでよかった。私はそれで、幸せだった。その間に子どもを授からないとしても、手を伸ばせばそこに居る。この距離感だけでよかった。
「えい、えい!」
ジャンジャラと騒がしい音楽が鳴る此処は、市街から少し離れたところにある広いゲームセンター。私は旦那の土地へ引っ越して来るまで、ゲーセンでパートリーダーをしていた。ユーフォーキャッチャーなんてお手の物。アームの癖やどれほど課金が必要なのか、割と他店でも見抜けるという自負があった。今は引っ越してきて、職種も変わる。田舎の中にある旦那の家も職場も、私にとっては全くの新しい環境だった。都会暮らしだった私には、ちょっぴり田舎は不便だった。車の免許も持っていない為、旦那が車を出してくれなければ、何処にも行けない。
「もうちょいなんだよねぇ」
「何取ろうとしてるん?」
ひょっこり顔を出して来たのは旦那。背丈は私より二センチだけ高い。知り合った頃は殆ど同じくらいの身長差だったのに、私のご飯を食べるようになってから、縦にも横にも大きくなった。とっくに成人していて、むしろ三十路も半ばまで来ているところで、成長を続ける。なかなかに恐ろしい人材だ。私はくすっと笑いながら、ケースの中を指さした。
「この子。可愛いでしょ? まるっこくて、絶対GETしてみせるから!」
「なんこれ。秋田犬のぬいぐるみ? M字やん」
「まるっこくて可愛いの。この子欲しくて。あぁ、でも百円切れちゃった! 両替してくるから、台見てて!」
「ほーい」
旦那は私の台を横取りはしない。隣でにんまりしながら私のプレイを楽しんでいた。自分でプレイすることもあるが、人の獲物を横取りなんてする人じゃなかった。私はM字のぬいぐるみを取るために、両替機に急いだ。現在五百円課金中。アームはそこそこ。いけると思っているし、まるっこい子が可愛すぎてどうしても回収したかった。私は千円札を呑みこませ、百円玉を十枚回収すると、小銭入れに乱雑に突っ込んでチャックをし、旦那が待つ台に戻って来た。
「この顔の子、いっぱい残ってるやん」
「人気ないのかもね。目つきは悪いから」
そういいつつも、私はアームを動かす。百円を五枚入れて、六回プレイで挑戦した。三回惜しいハズレ。四回目で、がっしりとその子をアームは掴んで離さない。確率が来たのだ。
(よし!)
心の中でガッツポーズを決めると、取り出し口から大きなまるっこい身体をした秋田犬のぬいぐるみを抱きかかえた。ずっしりと重みがある。ふわふわとした手触りに大満足の私は笑みがとまらない。残りのクレジットは適当に隣の台に移してもらっての消化試合。私はこのM字の子を『Mまる』と名付けた。
この日から、Mまるは私と旦那の生活により一層の彩を与えてくれた。旦那が仕事へ行っている間も、私は家で独りぼっちではなくなった。一緒に椅子に座らせて、テレビを見る。ごはんの時間には、ダイニングテーブルの椅子に座らせてあげて、一緒に食事をする。もちろん、本当に動いてむしゃむしゃする訳では無い。でも、旦那がMまるを抱き上げておかずに口を近づけてあげたり、私がそうしたりして、私たちは一緒に食卓を囲むようになった。
ある日、出先で子ども服を見つけた。中古で安い服は、二百円程度で可愛らしい服がたくさんある。Mまるはピンク色の襟巻を付けていたので、勝手に『ピンク好き』という設定をつけていた。私は可愛らしいフリフリのピンクのドレスのような洋服を一枚、調達することにする。首元も大きく広げられるタイプなので、まるまるとしたMまるの首も通ることだろう。家まで待たなくとも、軽自動車の後部座席にMまるはしっかりシートベルトをして待っていた。旦那はだぼっとした自分の服を選んで会計を進めている。
「何か買ったん?」
「Mまるの服だよ」
「え、めちゃ見たい奴やん!」
「へへ、じゃ~ん!」
銀色の買い物袋から取り出されたのは、二歳児くらいの女の子が着るようなピンク色のドレス。レースがふんだんに使われているそれは、可愛らしいことこの上ない。親馬鹿だが、絶対にMまるに似合うと決め込んでいた。