【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『他人の父』幹戸良太

「お父さんの様子はどう?」
「折ったのが左手だから普通に食事も出切るし、そんなに問題ないかな。ただ運転出来ないから買い物行けてないみたいで冷蔵庫の中がすっかすかだった」
夕食後、お風呂から上がった孝之はベッドに寝転び、南美に父の報告をしていた。
「お父さん何か言ってる?」
「いや、特に…。というか全然会話が続かない。親父も話さないし。考えてみると親父と二人きりになった事なんてなかったからな。しばらく帰省出来てなかったし、お盆や正月に帰ったとしても南美もいるし叔母さんが来たりするから。二人きりだと何話して良いか分からん」
「何言ってんのよ、私たちのお父さんでしょ。別に他人じゃないんだから」
「でも、ずっと居なかったから他人みたいなもんじゃない?」
「他人だなんて思ったことないけど。なら良い機会じゃない、父と息子が仲良くなる」

「別に喧嘩してるわけじゃないし」
「とにかくお父さん頼んだよ、何かあったら連絡してね」
そう言って電話は切れた。孝之は携帯を置くと天井を仰いだ。小さなため息が無意識に口から漏れた。

「せっかく帰ってきたのに全部してもらうのは悪い」と父は言ったが、「また怪我でもしたらいけないから」と父に告げ、孝之は家事全般を請け負った。
料理、洗濯、掃除、買い物をしている間に時間はあっと言う間に過ぎていった。父の 生活はほぼ毎日同じ事の繰り返しであった。午前中はリビングで新聞や小説を読み、午後になると庭の椅子に腰掛けて庭に咲いている花や雲を眺めながら日向ぼっこ。相 変わらず二人の間に会話は少ないが、1 日中傍にいる父の存在を孝之は不思議に感じ ていた。朝食後、新聞を手にした父は舐める様に紙面に顔を近づけ、険しい眼差しで 一面の国際欄から地方欄までをじっくりと読んでいく。午後、庭の椅子で船を漕いで 寝る姿。そうしたなんてことのない父の日常が孝之にとっては初めて見る光景ばかり で新鮮であった。そして父を間近で見ていると共通点があることに孝之は気がついた。まず朝は必ず和食なのだ。帰省した翌朝、お米も切れ、冷蔵庫にも何も残っていなかったため、孝之は近くにできたコンビニでパンを数個と牛乳を買ってきたが、父は一口も食べなかった。それで思い出したが、孝之は幼い頃から父がパンを食べている姿を一度も見たことがなかった。パンや洋食が嫌いという訳ではないらしいが、父は和食派なのである。朝食に限っては百パーセントで和食。孝之も子供の頃から朝食はパンよりも断然和食派であった。
共通点はそれだけではない。孝之は子供の頃からご飯とお味噌汁の椀を代わり番こに持ち替えながら、食べる癖があった。
「お兄ちゃん、置いたり持ったり、カチャカチャうるさいんだけど」隣でパンを食べる南美によく注意されていた。
帰省して分かったが、父も全く同じ食べ方をしていた。さらに食事中の父との共通点を新たに発見した。
昨日の夕食のメニューはご飯と味噌汁に酢の物と焼き魚を出した。父はまず小鉢の酢の物から平らげ、ご飯と味噌汁を代わり番こに食すと一度も手を付けていなかった焼き魚を最後に食べる。孝之も昔からメインのおかずを残して最後に食べるという癖があった。特に好物と言う訳でもないおかずでも必ず最後に食べるのだ。
会社の食堂で席が一緒になった同僚から「いつも思ってたけど、お前の食べ方って変だよな」と笑いながら突っ込まれた事があった。
この食べ方は父譲りなのかと孝之は目の前の父をじっと眺めていた。視線に気づいたらしく「んっ?」と父は顔を向けたが、孝之は視線をテレビに逸らした。画面からは

アナウンサーが天気予報を読み上げている。今週はずっと晴れらしい。

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