【ARUHI アワード2022 7月期優秀作品】『新しい生活に欠かせない物』伊達

ピーンポーン
そんな中、突然玄関のチャイムが静かな部屋に鳴り響き、私はびっくりしてガタリと椅子から落ちそうになる。
「はーい」
声を張り上げ、速足で玄関に向かう。それは人を待たせないようになのか、その真っ白な便箋から逃げるためなのか。ささやかな自分への抵抗で、ペンはそのまま出しておいた。
自分の格好を軽く確認してから、財布を掴み玄関に向かう。小さな部屋だからすぐにたどり着いて、そのままの勢いで扉をガチャリと開けてしまった。
「えっ」
そこにいる人物を見て、ピタリと固まってしまう。
さっきまで考えていた彼女、遠く離れていても一時も忘れることが無かった彼女、ずっと視界に居て欲しかった彼女。
大好きな家族である彼女が、そこには立っていた。
記憶の中より少し大人びた雰囲気の彼女は、ポカンと口を開けた私を見てヘニャリと頬を緩めて笑っている。
「久しぶり、変わってないね。」
「えっ。なん、なんで」
「あぁ、その」
私の質問に向こうは気まずそうに顔をゆがめてから、頬をポリポリと掻きつつバツが悪そうに打ち明けた。
「同じ大学に通うことになったから上京してきたの」
「へ」
驚くことを告げる彼女、私は聞き間違いかと、その顔を食い入るように見つめたけど、嘘を言っているように見えない。
つまり大学を変えて上京してきたってこと?なんで?
疑問を解消してくれるように、彼女はすぐに教えてくれた。
「私ね…」
彼女は大きく手を広げて、固まったままの私に抱き着いてきて、懐かしい熱や香りが私のことを包み込む。私の好きな居場所や私の大好きな人のそれ。
「やっぱり一緒にいないと駄目みたい。貴女がいなくなってから、私の日常はぽっかり穴が開いたみたいで、すごく寂しかった。それは連絡とっても埋まらなくて、むしろ会いたい気持ちがいっぱいになった。そしてあの誘いに乗らなかったこと、すごく後悔した。だから今度は、私の方から行こうって。今度は勇気を出して自分の力で貴女に会いに行こうって考えたんだ。だからね、受験し直しちゃった。」
「…」
私は、もう唖然とすることしかできない。
いろんな感情に溢れてきて私の心を押し流してこようとして、そこに大好きな温かさや香りがグッと後押ししてきて、勝手に涙が出そうになる。
色んな言葉が上ってきてはかき混ぜてきて、もう感情は滅茶苦茶。だから、シンプルに一番したいことをした。
私はギュウッと強く抱きしめ返して、その肩に顔を埋める。彼女の匂いがより強く、私の心を刺激する。
これは私の家族の香り。
「ありがとう!ずっとずっと会いたかった、ずっと話したかったよ。私も連絡取れなくなって寂しかったんだから。」
「ごめん、受験勉強が忙しくなって全然連絡取れそうになかったの。…それに、こうして驚かせたかったしね」
「…馬鹿」
泣きそうになっている私を見てか、謝ってからおどけたようにそう言った彼女の胸を、私はポンと軽く叩いて笑顔を見せてやる。
そして昔みたいに、二人で思いっきり笑いあった。

「上がってく?」
「いや、不動産に行かないと。実はまだ家が決まってなくて。」
「え、そうなの。」
「…ねぇ、家決まるまで泊めてくれない?」
「いや、それはいいけど。…駄目だったらどうするつもりだったのよ」
「大丈夫だって信じてた」
「…あっそ」
「わーん、冷たい!」
「はいはい。じゃあ、とりあえず不動産で、それからご飯でも食べましょ。東京グルメ、奢るわよ。着替えてくるからちょっと待っててね。」
「やった!」
部屋に戻り、出かける用意をする。久しぶりの居心地の良い空気に乗せられて、フワフワとした気持ちで足取り軽く部屋の中を行き来する。
いつもの倍は早く支度が整い喜び勇んで玄関に戻ろうとした時、ふと机の上が気になった。私はその真っ白な便箋を見つめて、それからそれをゴミ箱に丸めてまとめて叩き込み、踵を返して玄関へと走った。
「行ける?」
「えぇ、準備万端よ。…せっかくなら荷物おいて来なさいよ。」
「わ、ありがと!」
ふたり分の会話が木霊する騒がしくなった部屋を出て、私たちは歩幅を揃えて夕日が照らす温かい春の空気が漂う街の中へと繰り出していく。
そして隣の彼女をチラリと見つめ、私は静かに決心する。
(今度はまた私からアタックしよう、勇気を出して!)
驚かされたお返しにと、私は少し緊張しながらも思い切って話を切り出す。
「ねえ、一緒に住まない?」
「えっ」
そのまん丸に開かれた目を見て、私は笑い確信した。今度はきっと大丈夫だって信じている。

家族を迎えた二年目の春、楽しくて新しい生活が始まった。

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