アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた7月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
新しい生活が始まってからそろそろ一年となるが、この一年を大雑把に言えば、「退屈」の一言で済んでしまうようなものでしかなかった。
私は部屋の片隅で、どんよりと曇った空の下に広がる春先昼下がりの街並みを横目で眺めつつ、(どうしてこうなったんだろう)と小さくため息をつき、机に広げた真っ白な便箋からずっと目を反らし続けている。窓辺に置いた置時計から、この状態になってからかれこれ半日は過ぎてるのは分かっていて、不甲斐ない自分自身に嫌気が指す。
「はぁ…」
そもそも、これに取り組むのにもたくさんの時間を要していた。
上京して大学生活になってから、確かにアルバイトとかは増えたけど、それでも高校生活なんかよりはずっと空き時間が多くなったはずなのに、連絡しようと決意するまでに数か月、便箋を買うのにまた数か月といったところかな。
こうしてペンを持つところまで行きつけた自分を褒めたいくらいで、満足したからもう逃げたい。それでも、彼女を想うと逃げる足も重くなって、椅子にお尻が縫い付けられて逃げられない。
けれど、この手紙に何を書けばいいのかわからなくて、結局は机の前でしかめっ面して現実逃避するしかできなかったというわけだった。
「…」
もう何度目か分からない、現実逃避に窓の外を見る行為。
部屋の中がシンと静かなおかげで、窓外の音も意外とくっきりと聞こえてくる。通りを歩く同年代の人が多いのは、きっとここが通っている大学の近くだからだろう。楽しそうに談笑する女の子二人が、冬の寒さ残る風にあおられて「きゃーっ」と騒いでるのを見て、私は少し嫉妬してしまい、それからそんな自分に深くため息をついてから天井を仰ぎ見てポツリと呟く。
「あんな風に、なりたかったなぁ」
私のボヤキは、真っ白な便箋に吸い込まれていった。
あの娘と私の家はお隣同士で、あの田舎町で18年間ずっと一緒に暮らしていた幼馴染。ほんとに家族みたいなお付き合いで、私の視界からあの娘がいない時間を思い出せない
くらい。お正月から大晦日まで、朝起きるときから夜寝る時まで、ずっとずっと一緒にいて、周りは皆私たちを姉妹として一括りにしている節すらあった。
転機が訪れたのは、高校3年生の時。私とあの娘の進路先が分かれることになってから。
地元には大学が無かったけど、電車で少し揺られれば通えるくらいの地方大学はあったし、地元の大人たちも大抵はそこ卒業している。
でも私は、町を出たくなった。
これはもうなんとなくとしか言いようがない。ただ、地元が嫌いになったわけでも家族仲が悪くなったわけでもなく、何となくだが突き動かされるように新しい場所に挑戦してみたくなった。
親も反対することなく応援してくれたから、その動きを止めることもなかったけど、一つだけ後ろ髪引かれるものがあった。それが彼女。
彼女はと言えば、そのまま地方大学を目指すことにしていた。話したときに理由を聞いたけど、こちらもただ何となくなんだとか。
だから話し合ったその日、彼女が私の進路を「すごいね、応援してるよ」って驚きと真っすぐな笑顔と励ましの言葉を送ってくれた時、私は一緒に上京しようと誘ってみたの。
彼女の学力なら同じ大学にも行けるはずで、二人で一緒に手と手を取り合って楽しく東京生活ができると願って、大好きな家族みたいな彼女とずっと一緒に居たくて、私は緊張しながらも聞いてみた。
けどそれは駄目だった。
彼女は深く深く悩んでくれたけど、その首はゆっくりと横に振られてしまう。緊張の一瞬の後、彼女がポツリと弱弱しく理由を言った。
「ごめんね。私、怖いんだ」
そう言って申し訳なさそうにシュンとしちゃったから、私はギュッと抱きしめて「ううん、無理言った私の方こそごめんね」と優しく言うしかなかったの。
だって、それも共感できる想いだったから。
18年間ずっと同じ場所にいた。この居心地が最高で、上京する人なんてほとんどいない田舎町。理由もないのにこの居場所を手放して、空っぽの自分を宛もない東京に放り投げる。はっきり言って、ここでは私の方が異常でしかない。
この無謀な旅路に、彼女を無理に連れ出して困らせる理由もなくて、私はそれ以上その話を持ち掛けることもしなかった。