【ARUHIアワード12月期優秀作品】『本当はダメなサプライズ』梶原匠平

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

「今年はどこに行こうか」と妻に尋ねた。来る11月29日は私たち夫婦の結婚記念日なのだ。
結婚記念日だからと言って特別大げさなことをするつもりはない。ただし年に1回しかない特別な日なのだからせめて外食くらいはしようか、と妻と結婚した当初に話をしていた。
「うーん。どこが良いかなぁ」と妻は首をかしげる。私がここにしよう!と決めてしまってもいいのだが結婚記念日という日は二人のために存在する日なのだから、どちらかが勝手に決めてしまっては良くないだろうと思った。
ちなみに結婚記念日は今回で2回目だ。去年は割と高級なお寿司屋さんに二人で行った。
味に関しては文句のつけようがなく、非常においしかったのだが、去年行った際に我々夫婦はいわゆる高級店が苦手だとわかった。
お店に入るだけですごく緊張してしまうし、食事中もマナー違反じゃないよな?なんてことばかり考えていた。
それに高級店では談笑なんてしてはいけないんだ、と夫婦で勝手に思い込んでしまい、食事が終わるまでほとんど無口だった。
そんなこともあって、今年はもう少し身の丈にあったお店がいいなぁなんてぼんやりと考えていると妻が口を開いた。
「去年のお寿司屋さんもすごく良かったけど、私は緊張しちゃって大変だったな。今年はもう少し楽に行けるお店がいいな」
私と同じことを考えているとはやはり夫婦だな、なんて思いながら「そうだね」と軽く返した。
私たち夫婦は実は結婚した日付にちょっとしたこだわりがあった。11月29日、つまり語呂合わせで「いい肉」の日である。
結婚を決めた時にお互いの誕生日などが近くなかったことからなんとなく忘れない日がいいよね、と言って決めたのだった。
何か近くに覚えやすい日はないかなーなんて考えていたら11月29日になったので、いい肉の日じゃん!と言って婚姻届けを出したのだった。だからと言ってそこにこだわりがあるわけではないのだが、なんとなくお肉を食べた方がいいのかな、と私は考えていた。となると焼き肉屋かな?なんて私が考えていたら妻が口を開いた。
「あ!そうだ!お寿司屋さんはどうかな?」
おいおい、お寿司屋さんは去年行ってすごく緊張したからやめようかって話になってたじゃないか、なんて思いながら口を開こうとすると妻が続けて「と言っても去年みたいな高級なお寿司屋さんじゃなくて、回転寿司なんてどうかな?」と言ってきた。
おお、回転寿司か。確かに高級なお寿司屋さんに比べれば遥かに入りやすいし、多少話をしていても問題ないだろう。
とはいえ結婚記念日だぞ?回転寿司が悪いとは言わない、比較的リーズナブルなお値段で食事ができるし、それに最近はクオリティも上がってきているのでおいしくいただけるはずだ。ただ、回転寿司とは結婚記念日に行く場所ではないと思った。
低価格でおいしい商品をいただける、と言うのはどちらかと言うとファミリー向けのイメージが強かった。
と思いつつも「でも、それくらい緊張せずに行ける場所のほうがいいかもしれないな」とも思った。
私が考えていた焼き肉屋だって緊張はしないだろう。ただ焼き肉を焼くことに夢中になってしまうので会話に集中するのは難しいかもしれないな、とぼんやりと考えていた。なので私は「回転寿司ね。いいんじゃないかな」と妻に答えた。

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