ゆっくりと振り返った彼は、一瞬どこか寂しげで優しい目をして、それからそっと受け取ってくれた。私は心の中で「ありがとう」と言って、それから彼に背を向ける。もう振り返らない。一瞬の交錯は終わって、ここからはまた、それぞれに歩き出そう。それが良いと思った。
背中を押すように、心地よく風が吹く。桜の花びらに撫でられて、何だか励まされているような気分だった。
改めて考えてみると、今日は私の誕生日だというのに、プレゼントをあげる側だなんて可笑しな話だ。それでも、不思議と気持ちは晴れていて、心に開いた穴が優しく埋まって行くようにも思えた。
彼に自分自身を重ねていたから? 見失っていた過去を取り戻すことができたから? ただの自己満足に過ぎないのかもしれないけど、とても大切なものを受け取ったような気がする。
ちょっとした寄り道のはずがこんなにも尊い時間になって、無駄なことなんて何もない、全てに意味があるんだって、そう感じられることが、どうしようもなく嬉しかった。
――普段通り先を急いでいたら、きっとこんなふうには……。
そう思った時、唐突に気付く。
「ああ、そうか……」
私が望むものは、未来にあるものだとずっと思っていた。だから、しがらみを振り払うように、必死で前だけを見つめようとしてきた。でも、その未来を望んだのは、他でもない“今の私”なんだよ。そんな“私”を殺してしまったなら、それは誰のための未来なの?
――私は、ちゃんと理由と意味が欲しかったんだよ。生きるということの。
未来じゃなくて、未来のための今を生きたいんだ。それなら、この瞬間のこの景色を、もっと大事にしないと駄目じゃないか。
三月の風と四月の雨が、五月の花をもたらす。そういえば、そんなことわざもあったっけ。沢山の花が咲くためには、風も雨も必要なんだ。そうやって、積み重ねて行くしかないんだよ。
「――うん、明日も頑張ろう!」
そう思ったけど、いつの間にか、日付はもう変わっていた。
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