【ARUHIアワード12月期優秀作品】『味噌と僕、とある日の良き思い出』羽呉

「お店の方ですね、どうもありがとうございました」
「いえいえ、大した事は……」
 それから、二、三、身の上の話を質問された。社交的な会話なのだが、自分の境遇を吐いてしまうのは、想像以上に不安が和らぐ。話の流れで、僕は一つ質問をした。
「その味噌、美味しいんですか?」
 言った直後に、聞き方がまずかったと気付く。まるで馬鹿にしているようにも聞こえるではないか。言い間違いを正そうとすると、お婆さんは、ううん、と唸った。
「使い途にもよるけど、うちのお味噌はいつもこれね」
 正すタイミングを逸し、僕はごにょごにょと唸った。しかし一歩だけ勇気を出して、言った。
「あ、なるほど、使い途……。もう少し質問しても良いですか?」
 見えたのは朗らかな笑顔。職場とは正反対の立場になって、僕はお婆さんに味噌のいろはを教わった。僕は味噌についてだけでなく、自分が普段の食事について、如何に無関心だったのかを知った。僕という人間がこうまで無知で、しかしそれでも生きていけたことを知った。それは、こうして誰かと繋がっていたからだ。あの小説の山林で、ライバルの彼が思い知ったのと同じことに僕は気付いた。人間は、どうしようもない弱みを持っていて良いのかもしれない。
 あの小説のように、ここから僕の快進撃が始まるかは分からない。だが今日という日、この何でもない日が、僕の人生に大きな転機をもたらしたのは、間違いない。
 そうして僕は、スーパーの前でお婆さんと分かれ、バスに乗って帰路に就いた。今夜は手製の味噌ラーメンを作るとの話で纏まり、やや塩味の濃い味噌を買った。今回は具材も買い揃えている。満足だ。久しぶりに多くの買い物をしたのと、一日分の疲れとで、僕は座席で安らかに眠ることが出来た。嫌な思い出もあったが、それ以上にいい日だった。
 上機嫌でアパートに着くと、郵便に一箱の段ボールが届いていた。差出人は母。二カ月経って初めて、何の連絡も無しに仕送りとは驚く。しかし、こんなに薄い段ボールに何が入っているのだろうか?
 部屋に入り、箱を開けて僕は苦笑した。そこには味噌味の袋麺と、レトルトパックのご飯が数個ずつ入っていたからだ。
 今日は合わせ味噌にしよう。締めはご飯だ。
 一月ぶりのおふくろの味は、やはりケミカルな味がした。

「ARUHIアワード」12月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」11月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」10月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」9月期の優秀作品一覧はこちら 
※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください

~こんな記事も読まれています~