【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『新しい原点』陸 曦

鴨川沿いのこの桜の木の下で最後に永野さんと会ったのは去年1回生夏休み明けの10月に、異例の寒暖差で、すっかり秋になった頃だった……

「木村さん!」
「永野さん、お久しぶりです!」
「最近バイトに行ってなかったですか?」
「そうですね。授業は忙しくて、シフトに入るのは難しくて……」
「今日の天気はいいですね! ここで弁当を食べると本当に気持ちいいですね!」
「ちょうどいいですね。もう少ししたら、冬になったら、寒くなっちゃいます。永野さんは最近シフトに入っていますか?」
「いま毎週3回ぐらい入っています。3回生後期に入ったので、授業は少なく、自由が効くライフスタイルです! 就職活動の準備とか、いろいろで忙しくなりそうですけど」
「そうなんですね。いろいろ頑張ってくださいね」

人生2度目の大学で、まだ1回生のときに、先輩の永野さんはすでに就職活動の準備を始めるところで、その10ヶ月前私は一身上の都合という理由で辞表を提出した。

「……木村さんはサークルに入りましたか?」
「いいえ、いまだに迷っています……」
「私の劇団サークル、来月の学園祭で演劇をやりますよ! ぜひ見にきてください!」とチケットを渡された。
「来月の学園祭ですか!私のクラスではたこ焼きテントを出します。場所が決まったら連絡しますね。ぜひ来てください!」
「たこ焼き、すきです!行きたいです!」

永野さんは息苦しそうで、マスクをはずした。
鴨川に映る河川敷の桜の木は、秋の時期に色褪せてしまったが、ふっと永野さんの顔をみたら、よほど明るく、それは春の時期にふさわしい笑顔だった。

「ここの場所を教えてくれて、本当にありがとうございます!いまは時々ここでぼーとしています!」
「それはよかったです! 一緒にぼーとする仲間ができて、うれしいです」

「永野さんは最初にここに来たのはいつですか?」
「1回生の春の時期に、鴨川沿いのアパートに引っ越ししてから、休みのときによく散歩しにきました」
「はじめての一人暮らしで、不安ばかりで、また新しい友達はできていない頃、散歩がてらここにきたら、不思議に落ち着きます」

川の流れの向こう側、秋の色に移り変わった大文字山の景色に目を奪われ、私は一瞬息を止めた。

「永野さんは私とは違い、入学した頃はまた18歳ぐらいですね」
「2浪しましたけど」と笑いながら、「一応成人しましたよ」
「それでも若いです。私なんかはすでに社会人5年目のときに、入学しました。本当におじさんですね」
「いいえ、全然!木村さんはどこを見ても、おじさんには見えないと思っています!」
と2人は笑った。

その日は晴れの日で、太陽の光より、永野さんの声は暖かった。そのあとの11月の学園祭の後、永野さんは短期交換留学プログラムの一環でフランスへ旅立った。
私は、いまは2回生になったばかりで、共通科目の単位取得のため、本屋でのバイトは週一回しか行っていない。本屋に行くとき、永野さんが担当していたグラフィックデザインの棚を通るたびに、永野さんのことが目に浮かんだ。

またこの桜の木で待ち合わせしようと約束した。また会えたら、ここからしばらく歩いて、出町柳駅で叡山電車に乗って、一緒にどこかに出かけたいと思っていた。
春風に吹かれて、目覚めた。時計を持たずに大学の新しい生活を過ごしてきた。心の中の時計は、京都のまちの風情に合わせて、秒の概念をなくした。なんとなくさっきから10分ぐらいは経った。しかも瞬く間だった。永野さんの帰りが待ち遠しかった。

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