「うん」
こんなとき、宇一は恥ずかしそうに頷く。
「でもさ、味の濃いものはだめなんだよ。可哀そうだけどさ」
「ああ、山に帰りたい。山菜を天婦羅にして、塩をつけて食べたいなあ」
「じいちゃん、わけわかんない年でもないのに、我がまま言っちゃだめだよ」
陸は宇一を弟のようになだめる。
「僕だって、我慢してることがあるんだ」
「ほう、なんだい?」
宇一は心底興味深げに陸の顔を覗き込む。
「あのさ、僕、友達を家に呼べないんだ」
「え? なんでだい?」
「なんでって、うちに友達を呼ぶと、外からばい菌を持ってくるだろう?」
「……」
「じいちゃんは持病があるから、万が一感染しちゃったら大変なことになるんだよ」
「そうなのか? そりゃ、悪いことしちまったなあ」
みるみるしょげ返る宇一を見ると、途端に陸は気の毒になる。
「孫の我慢の上に成り立つ我が人生、か」
「じいちゃん、そんな悲しそうな顔すんなよ」
「すまないなあ、陸。俺がうっかり長生きしちまったために」
「何言ってんだよ」
70歳も年の離れた弟の面倒を見るような感じで、陸はおかきを小さい欠片にして宇一の口に入れてやる。
「お父さんやお母さんには内緒だからね。本当にこれだけだよ」
宇一は嬉しそうにお書きの欠片を口に含み、かして噛まずにいつまでも舐めている。そんな宇一を、陸は年取ったら子どもに返るのだろうかと思って見るのだ。
宇一との同居生活に慣れるまで、陸は我がままを言わなかった。しかし、2週間も経った頃、友達に新しく買ってもらったゲームソフトを持って遊びに来てもいいかと聞かれると、激しく心を動かされた。陸は貴子に頼んだ。
「ねえ、友達をうちに呼んでもいい?」
貴子は、呆れ顔で陸を叱った。
「おじいちゃんが来る前に言ったよね? 友達と遊ぶのは外にしなさい」
「だって、新しいソフト買ってもらったんだって。外だと、ほかの子が貸してってうるさく言ってくるから、家出遊びたいんだよ」
「だめよ」
貴子はぴしゃりと言った。途端に陸の癇癪が爆発した。今までいい子にしていた分、反動は大きかった。
「ああ、もう! じいちゃんのせいで、友達と遊べない!」
「こら、陸、しっ!」
貴子が慌てて陸の口を押える。でも、一度爆発した胸のつかえは、そんなことでは収まらなかった。
「じいちゃんなんか、山に帰ればいいのに!」
「陸!」
縁側でうたた寝していた宇一がピクリと動いた。しまった、聞こえたんだ……。でも、口から出した言葉はもう返らない。陸は激しく後悔した。
あんなことを言ってしまってから、陸は宇一と極力顔を合せなかった。ご飯のときも、相変わらず「味が薄い」と文句を言う宇一の方など見ずに、早々と食べ終え、テレビの前に行く。洋一も貴子も何気なく取りなそうとするのだが、陸は無視していた。宇一が家に来てから、陸は自分なりにいろんなことを我慢していい子にしてきたつもりだ。でも、宇一の我がままぶりを見ると、陸は自分の我慢が空しくなってくるのだった。そして、宇一と口を利かない日がしばらく続いた。
ゴールデンウィーク初日。陸は縁側でぼんやりしていた。
「陸、イモは好きか?」
ふいに宇一が訪ねた。陸から離れた陽だまりでうとうとしていたのに。
「イモって、何イモ?」
ぶっきらぼうに言う陸に、宇一は庭の一角を指差した。
「あそこにサツマイモを植えようと思うんだ。秋に焼き芋ができるぞ」
そこは連休に庭いじりをしようと、貴子が土を掘り起こした花壇だ。
「だめだよ、あそこには、母さんがヒマワリを植えるんだって」
「花より食えるものの方がいいだろう? 安寧芋、トロっとして甘いぞ」
宇一の「トロっとして」というフレーズに、陸が思わずうっとりとその味を想像した。黄金に輝くほっかほかの焼き芋。秋の楽しみが増えるようだ。
「僕も焼き芋食べたい」
宇一は、我が意を得たりといった感じで頷いた。
「よし、善は急げだ。貴子さんがヒマワリなんぞ植える前に、イモの苗を植えちまおうぜ」
「うん」
宇一は財布をポケットに突っ込み、ジャケットを羽織った。陸もキャップを被って大急ぎで靴を履いた。久々に宇一と出掛けるのは、秘密の任務みたいでワクワクした。
「陸、近くのホームセンターを教えてくれ」
「うん、こっちだよ」
陸は宇一の手を引っ張って、ホームセンターへ急いだ。ホームセンターは、大勢の人でごった返していた。宇一は野菜の苗売り場でサツマイモの苗と何かの苗と野菜栽培用の土とクワを買った。