【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『家族ボタン』雪宮冬馬


わたしは目を瞑りながらボタンを押した。数秒して目を開けると、もうそこに光ちゃんの姿はなかった。わたしは、この手で妹を生み出し、そして消したのだ。わたしは泣いた。
パパの言っていたことが少しわかった気がする。たった1日一緒にいただけの妹なのに、失ったらこんなにもつらい。これが1 週間、1 ヶ月、1 年、何十年と一緒にいればいるほど、普段は感じることのない痛みをわたしは溜め込むことになるのだ。大切な人ほど、失ったときに感じる痛みも大きいだろう。
ふと、わたしは何かの物音で目が覚めた。どうやら泣き疲れてそのまま眠ってしまったらしい。なにやらうめき声のようなものが聞こえる。ママとパパと、3人で川の字で寝ているが、真ん中のわたしは声のする左隣を見た。すると、パパが体を丸め、背中を手で押さえている光景が目に入った。
「パ……パ……?」
パパが今までに聞いたことのないような声をあげ、いかにも苦しそうな表情をしていた。
わたしはすぐに部屋の明かりをつけ、パパの部屋に向かった。以前、パパが机の引き出しから湿布を取り出しママの背中に貼っていたのを思い出したのだ。
「湿布、湿布……」
引き出しを開けるとあるものが目に入り、あれと思ったが、今はそれどころではない。わたしはようやく湿布を見つけ、パパのもとへ駆け寄った。すると、パパもママも起きており、ママがパパの背中をめくっていた。わたしを見たパパは「あっ」と言い、すぐにめくっていた服を下ろした。しかし、わたしの目には確かにはっきりと映っていた。
「パパ、どうしたの、そのアザ」
パパの背中には大量のアザがあったのだ。
さっき湿布を探していたときにパパの部屋で見つけたボタン。そのボタンには「むすめ」と書かれていた。瞬間、自分の状況のすべてを理解した。
「わたし、家族ボタンで生まれたんだね。さっきパパの部屋で家族ボタン見つけた。パパなんでしょ? わたしを出したの」
「あ、あのね、違うのこれは」
ママが言うのを遮るようにパパがママの体の前に腕を出す。
「今まで黙ってて、ごめん」
「やっとわかった。この前パパの部屋に入ろうとしたときにパパが怒った理由も、これまで一度も一緒にお風呂に入ってくれなかった理由も。全部、このことを隠すためだったんだね」
「恵を出したのは、4年くらい前だったかな。ママの体、実は子どもを産めない体質でね。どうしても子どもが欲しかったから家族ボタンを買ったんだ。初めは1日だけのつもりだったんだ。でも、出てきた恵がとても可愛くてね。どうしても消すことができなかった。だからパパの体はこんなにもアザだらけになっちゃって」
へへと笑いながらパパが服をめくった。アザは背中だけじゃなくお腹のあたりにもできていた。一つ一つは小さなアザだけど、4年分ともなると体はもはや青緑色になっていた。
「さすがにここまでアザができると、痛みも出てくるようになるみたいだね。パパも初めて知った」
「わたし、ママとパパの本当の子じゃなかったんだ」
「それは違う」
すかさずパパが否定した。
「確かに、恵は家族ボタンによって生み出された。でも、だからと言って恵がママとパパの子じゃないってことではない。恵は今では大事なパパたちの子だ。だからこれまでママもパパも恵を大事に大事に育ててきたんだ。血のつながりだけがすべてじゃないんだよ」
「わたし、いてもいいの?」
「当たり前じゃないか」
「でも、アザはどうするの?」
「そんなの、パパが死ぬまで受け止め続けるよ。パパは、恵が元気に育ってくれたら、それでいい」
パパは、隣で涙を流しているママの背中をさすりながらわたしを抱き寄せた。
わたし、いてもいいんだ。
パパのがっしりとした腕と胸に包まれながら、わたしはそう思った。命とともに暮らすっていうのは、決して簡単なことじゃないんだ。
わたしが家族ボタンを押す前にパパが言っていた言葉を、パパの首元にまで広がっているアザを見ながら、わたしは思い出していた。

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