【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『ぼくたちのスタート』杉菜原 直

ガムテープとビニールひもを手に持って、すぐにやってきた。部屋を見回しながら、アキが言う。
「持って行かないものってある?」
「大きいものだと、ベッド、冷蔵庫、洗濯機の3つ。」
「どうするの?」
「今日、買い取りに来てもらうことになってる。」
「じゃあ、それ以外は、どんどん梱包しちゃっていいよね。」
毎日チャットでのやり取りはしていたけれど、直接顔を合わせるのは引っ越しが決まってから初めてだった。アキは間近に迫った研究発表の準備で忙しく、ぼくは夜遅くまでバイトをしていた。急に広島に引っ越すことになったことについてアキが何か言うかなと思ったが、何も言わず作業を始めている。段ボールを組み立て、洋服をクッション代わりにして小物類を入れていき、トースターは梱包用のプチプチで巻いてビニールひもで縛る。アキの手際の良さに感心しながらも、ぼくには気がかりなことがあった。
札幌と広島はあまりにも遠い。直線距離でも1000km以上ある。この先、ぼくたちはどうなるのだろう。直接会うことは難しくなる。だんだん疎遠になって、自然消滅してしまうような気もする。アキはどう思っているのだろう。
「アキ。あのさぁ、」
「ねえ、このTシャツ穴があいてる。持っていくの?」
「あ、ほんとだ。どうしよう。」
「社会人になるんだから、恥ずかしいんじゃない?なんか全体的にヨレヨレだし。」
「うん。そうだね。」
「じゃあ、掃除するときに雑巾として使って、捨てようか。」
話を切り出すタイミングをつかみそこない、しばらく梱包作業に集中することにした。

約束通り午後2時に買い取り業者が来た。ベッドと冷蔵庫は買い取ってくれたが、洗濯機は買い取れないと言う。逃げるように帰っていってしまった。
洗濯機は寮には持ち込めないので、なんとか処分しなければならない。アキと2人、スマホで調べ始める。
指定引取場所というところに自分で持ち込めばよいのだが、あいにく土曜日でお休みらしい。電話をしてみたが、やはりつながらない。
まさか、洗濯機を買い取ってもらえないなんて、想像もしていなかった。もっと早く買取査定をしてもらえばよかったと思うけれど、今更どうしようもない。
月曜日になるまでどこかに置いておくしかないのか。と言っても、そんな場所はない。
車に積んでリサイクルショップに持ち込んでみるか。でも、あちこち回ってどこも引き取ってくれなかったら、最悪だ。
いっそ広島に持って行ってから捨てるか。でも、単身パックに入らないな。
良い考えが浮かばないまま困っていると、アキが、
「洗濯機を買い替えるときに、電器屋さんで下取りしてくれるでしょ。電器屋さんで引き取ってくれないかな?」
「それは、新品を購入した場合じゃないの?」
「そうかもしれないけど。どこで買ったの?」
「コマバ電器」
「電話して聞いてみなよ」
アキのアイデアは大当たりだった。電話をして確認すると、自分で持ち込んでリサイクル料をお店で支払えば、引き取ってくれるという。
「やったね!」
カーシェアリングで車を確保し、洗濯機を運んで引き取ってもらって、この日は作業終了にした。

そして、いよいよ3月14日。今日でこの部屋ともお別れだ。掃除をしていると、アキから電話が来た。
「もしかして、もう部屋に白クマ来てる?」
「来てないよ。」
時計を見ると9時10分前。9時から12時までの間に来ることになっている。
「マンションの前に白クマのトラック止まってる。きっともうすぐ来るよ。コンビニでおにぎりとお茶買ってきたから、持っていくね。」
アキと2人でおにぎりを頬張りながら、そわそわして待っていたが、なかなか来ない。トラックがまだあるのかどうか気になって、見に行ってきた。
「トラック、なかったよ。」
「なんで、来なかったのかな。まさか、日付、間違えてないよね?」
スマホで申込内容の確認をした。搬出日を間違えてはいない。しかし、
「電話番号、間違ってる!」
就職するにあたって、自分名義のスマホに変えて番号も変わったのだが、なんと以前の電話番号を書いてしまっていた。建物はA棟・B棟とあるのだが、どちらの棟かも書いてなかった。あわてて入力したのがいけなかった。
「どっちの棟かわからなくて、電話しても出ないから、不在だと思って帰っちゃったのかもしれない。」
すぐに白クマのカスタマーセンターに電話をして事情を話し、棟と電話番号を伝える。

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