【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『わた』大西千夏

小学校の同級生のなみちゃんは、小学校入学と同時に引っ越してきて知り合い、そして小学校卒業と同時に引っ越してしまい、会えなくなってしまっていた。中学生くらいのころは文通のやりとりをしていたが、いつの間にかなくなり、ここ数年は年賀状を送るか送らないか毎年悩むくらいになってしまっていた。今でこそスマホをみんな持っているが、私が小学生の頃はまだスマホはおろか子供が持つケータイも持つ人は限られているモノだったし、なみちゃんの連絡先は、その住所しか今は知らない。小学校同級生の SNS のグループも後になってできたけれど、引っ越してしまった彼女はそのグループにはいなかったし、入る機会もおそらくほとんどない。

でも。いないとは思ったけれど、もしかしたらということもある。グループを開いてみた。私が入った頃は確か 15 人くらいしかいなかったのに、気づいたら 30 人くらいになっていた。案外みんな繋がっているのだ。
「メンバー」の欄を開く。
一人一人の名前を見て、一人一人思い出す。フルネームの人はすぐに思い出せるのだが、絵文字だけの人なんていうのもいるから、なかなか想像力を使う作業である。でもなみちゃんは、絵文字だけみたいなことはしなさそうな人だった。なんなら絵文字なんてメールでもきっと一切使わないで、句読点だけで短く、それでいて冷たくない文を送ってくれそうな、彼女はそんな聡明な女の子だった。

Wataya Nami、という文字は、リストの下から 2 番目にあった。
きっとこれは、私が知っている、綿谷なみだ。期待と、ほんの少し不安な気持ちで、プロフィール画像を開く。
青いイルカのフェルトっぽいマスコットだった。確かに見覚えがある。
なみちゃんだ。

なみちゃんは、ひらがなで「なみ」と言うのだが、「波」のイメージがあるので、彼女はいつも海やらイルカやらの絵を描いていた。そんななみちゃんにだから、誕生日に何をあげようか考えた私は、フェルトでイルカを作っていたのだということを、じわじわと思い出した。

気づいたら勝手に指が動いていて、友達追加していた。そしてそれだけでなく、メッセージまで送ってしまっていた。

「久しぶり、元気?」
「私は明日入社式で、これから会社で働きます。初任給で一緒に飲みに行きたいな」

送った時間が表示されている。3 時 45 分。深夜にひどく迷惑なことをしてしまったと思ったが、もう送ってしまったのだから時すでに遅し。送信取り消しをするのも、こんな久々のメッセージなのに取り消してその跡だけ残るというのはもやもやしていやだなと思って、やめた。思わず興奮しちゃって、とか、今の状況を色々言おうかとも思ったけれど、ますます長くなってしまうと思って、結局「深夜にごめん!」とだけ書き足しておいた。

ふと、何が楽しくて働くんだとか、あんなにいろいろ思っていたはずの私が、自分で「初任給で」なんて言い出したことに笑ってしまった。前言撤回みたいな感じで恥ずかしいやと思ったけれど、悪い気はしなかった。
枕の高さは、ちょうどよかった。

スマホの目覚ましが鳴った。目覚ましを止める。
通知が来ていた。
ガバっと体が起きる。
朝 6 時ちょうどに、なみちゃんから返事が来ていた。

「元気だよ。私も今日入社式。飲み行こう。私はビールが好き」
「美久、顔昔とおんなじだね」

私の SNS のアイコンの画像は、私が 3 歳の頃の写真だった。そりゃあなみちゃんが知ってる顔の私、というかむしろそれより前なんだよって思ったら、おかしくて笑ってしまった。
でも、物理的にはそういうことなんだけれど、私にはそれ以上に響くものがあった。なみちゃんから見た私は、昔とおんなじらしい。なんだか無性に嬉しかった。

返事を書いた。

「楽しみ。ありがとう。行ってきます!」

スマホを閉じる。画面が真っ暗になる。そこに自分が映っている。髪の毛はしっかりはねている。あーこれ直すの時間かかるなあ…って、こんなのんびりしている場合ではない。支度支度。今日から私は働く。そして稼いだお金で、なみちゃんと飲みに行くんだ。

気づいたら抱えていた、3 時間くらい前に作ったお手製クッションを、そっと布団の上に置いた。
クッションの布の袋の隙間から、わたがちょこっと、寝ぐせみたいに飛び出していた。

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