【ARUHI アワード2022 9月期優秀作品】『風の吹く先で』芦澤りょう

「やっぱさ、絵送ってよ」
 母が気まぐれに言った。悶々とした怒りと疑問の消化に努める私の心に、小さな石をぽんと投げるように。
「いらないんじゃなかったの」
 不機嫌な声音を隠さずに、もらったプレゼントを突き返すような返事をした。
「お父さんが欲しいって」
「ここに送っても、いないんだから見れないじゃん」
「お父さんが帰ってきた時に見せるから」
「んー」
「何でもいいから。向こうで見つけたもの描いてよ」
 母はいつも自分勝手だ。黙って振り回される父もひっくるめて、私は家族の風の流れが嫌いだった。いつも否定的に見ていた私の絵を送れだなんて、しかも父を使って今更言われても返事なんかしたくない。規則正しい時計の針と時々うなる冷蔵庫。オセロの音がいやに大きく聞こえ、長かった沈黙が再び訪れる。ため息と共に白旗をあげる。
「良いのが書けたらね」
 どうして私は、いつだって欲しい返事をしてしまうのだろう。
「楽しみにしてる」
 母はふわりと優しい顔をした。私が何かする度に叱っていた人でも、上機嫌にテレビを見て大笑いしてる人でもなかった。全く毒のない、その目に驚いて顔を逸らした。
「さむ」
 口元まで覆うよう、ブランケットに身を包む。
「ちょっと寒いね」
 ようやく石を置いて、母も寝室から毛布を引張り出して肩にかけた。
「てか、あんた料理とかできんの」声音はいつもの調子に戻っていた。
「まあ」
「ご飯はちゃんと食べな」
「カップ麺とか惣菜とかあるし平気」
「何でもいいけどさ」
 パチリパチリと黒白を反転させた。どちらに置けばより多くとれるか、いちにさんと数える母を待つ間、暇つぶしにずれた石をそれぞれ升目の中央へ修正する。
「私、やってけるかな」
 ふと弱気が声音に乗ってしまった気がして、小さく咳払いをした。母がちらりと一瞥するのを感じる。視線がかち合う。
「大丈夫。みんなそうやってきてるんだから」
 最後に母が残したマスに白を置くと、その1列が綺麗に白く染まった。
「負けたか」母は当然のように言った。「片付けといて。明日あるんだから早く寝なさい」またしても命令口調で続ける。
「んー」返事ともつかない了承の返事をする。私だって、どうしたって素直になれないのだ。
 石を片付けるとまっさらな緑のオセロ盤が顔を出した。青々とした田んぼの中、自転車を漕ぐ自分を思い描く。風が吹いて、稲の葉と私の髪が同じ方向になびいている。壁時計の隣には、小学校の図工で描いた絵が掛かっていた。4人家族が並んで笑っている。きっとここから、どこへだって行ける気がした。

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