アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた9月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
眠れ、ない。
天井の白が信号の点滅で揺れている。大通りを走るバイクの音が、窓を震わせながら真っ暗な部屋に響いた。寝返りを打つと棚に並んだ本が目に入る。もうかなり目が慣れて、イラスト本、小説、就活本までタイトル1つ1つを読むことができた。
明日は入社式が迫っている。
2週間の研修が終わったら地方で働く。何にもない、緑豊かな田舎の工場。社会人になって初めての転勤がすぐそこに見えている。そこそこ真面目に就活をした私には、東京本社の大企業から内定が出たけれど、お洒落OL生活は待ってくれていないようだ。人生なんて一寸先は霧の中なのだなと、まだ出てもいない社会の荒波を想像してみる。職場に馴染めるだろうか、先輩は優しいだろうか、自分は期待された通りの力なんて発揮できないのではないか。そもそもこの進路で本当に良かったのか。いやしかし、絵で生活することなど少しも想像できない。これで良かったのだ。これで間違いなかったのだ。心臓が強く脈を打ち、目がますます冴えた。
部屋の真ん中で、長く垂れた紐に手を伸ばしてパチリと電気をつけると、今度は途端に眩しくて目を瞑った。
長い廊下をつま先だけで歩く。まだ少し肌寒い夜にホットミルクを入れようと、電子レンジの中オレンジの光に照らされてくるくると回るマグカップを見つめて待つ。さっきつけた間接照明が観葉植物をぼんやりと浮かび上がらせた。薄暗いリビングで身体は大きなソファに沈んでいく。あのガジュマルは新生活に慣れたら連れて行こう。ぼんやりと考えながらマグカップに口をつけると、思ったよりも熱い牛乳に、あつっと声が小さく出た。
「起きてるの?」
寝室から少し掠れた声がする。
「ちょっと眠れなくて」
私は閉じた襖に向かって返事をした。
ガタゴトと扉が開き、眠たげな母が顔を覗かせた。決して建てつけが悪い訳ではないけれど、3歳で住み始めたときよりは、家の所々が古くなっている。
「あんた何してんの」と聞く母に、
「特に何も」と感情を込めずに答えた。
母は少し考えたような表情をして、それからゆっくり起き上がった。「私にも一口」母は私のホットミルクに口をつけてから、テレビ台の近くにしゃがんで板を取り出した。ガシャガシャと音を立てながらも、流れるようにテーブルの上にそれを載せ、手際よく中央に4つ石を並べる。眠れぬ夜にオセロをするのは、かつての我が家の決まり事だった。