【ARUHI アワード2022 9月期優秀作品】『ガラス越しの雫』岩花一丼

祖母の部屋をリフォームしている間、気分転換も兼ねて都心のホテルに泊まることになった。以前まではどこにでもあるただのホテルにしか見えなかったが、郊外に住んでからは魅力的に見える。
夜景の見える部屋だったが、両親は興味がないのかテレビで「ふたご座流星群特集」を観ていた。
夜景は普段見ている星々と違い、動きがあり、色があって美しい。その反面、光の一つ一つに人の存在を感じてしまう。非日常を求めているのかもしれない。だから星を見ていると全てを忘れることができるのだろうか。物思いにふけっていると、祖母が窓を見つめながらつぶやいた。
「都心の景色って綺麗」
あの家に引っ越してきたばかりの祖母の顔や、星あかりに照らされた祖母の横顔を思い出し、胸が痛かった。星空ではないにせよ、あの部屋に比べれば、夜景の見える部屋の方がずっと良いに決まっている。
「おばあちゃん、夜景もいいけどそろそろふたご座流星群の時期だよ。また一緒に見ようね」
「そうだね。少しの時間でもみんなと見られたら嬉しい」
「大丈夫。ずっと見られるよ」
嘘ではない。
「さあ。どうかだかねえ」
苦笑いをするしかなかった私は、そっと祖母の手を握った。

星月夜。一週間ぶりの我が家。祖母へのサプライズのため、目隠しをして部屋に連れて行き、ベッドに座らせた。
「目隠し外していいよ」
 祖母は喜んでくれるだろうか。
「え?暗くて何も見えないよ?」
「電気付けるね」
小さい星々に彩られた壁紙が部屋を覆っており、床は無垢材のフローリングになっている。ヒノキの爽やかな香りがし、まるで森林の中にいるみたいだ。祖母は笑顔になってくれた。
「見違えるくらい綺麗になったね。新しいお家みたいだし落ち着く香りがする」
「凄いでしょ。天井も見てよ」
 天井の壁紙には三日月が描かれている。
「あら、こっちにはお月様ね。綺麗だけど、やっぱり本物がいいわね」
 やはり思った通りだ。プラネタリウムの二の舞になるところだった。
 両親へと目配せすると、二人は静かに頷いた。
「ねえねえ、おばあちゃん。あれ何かわかる?」
 天井に付いているロールカーテンを指差す。
「さあ。何かしら?」
「そのまま上見ててね」
電気を消し、ロールスクリーンのプルコードを真下に引く。
祖母の上にセミダブルサイズのベッドがすっぽり入るくらいの、横長の大きな天窓が姿を現した。
星明かりが降り注ぎ、祖母を照らす。
祖母は口を開けたまま無言で見上げている。
「これなら寝たままでもずっと夜空見られると思ってさ。お父さんとお母さんに頼み込んだの。ほら、家の窓からは木だけしか見られなくてつまらないでしょ?」
祖母は無言で頷いた。天窓を見てみると、ちょうど流れ星が現れた。
今日は家族にとって大事な日。
「一緒に見よっか」
私と両親も祖母のベッドに腰掛けて天窓を見上げる。
「ありがとう」
本当に喜んでくれたと思う。祖母の言葉に寂しさではなく温かみを感じたからだ。
すすり泣く祖母の肩を抱き、星を眺め続けた。
この日に見た流星群と祖母の顔は忘れられない。

 こんなに素晴らしい趣味と経験を得られたのは祖母と両親のお陰であり、のぼせるくらい暖かい家庭に生まれた私は幸せ者である。

今ではこの部屋は私と夫の寝室になっている。息子が夜泣きをしても、天窓を見せると不思議と泣き止む。息子も星が好きなのか、祖母があやしてくれているのかは定かではない。
そんなこの家での暮らしが、この頃大好きだ。

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