【ARUHI アワード2022 9月期優秀作品】『遠回りして』葵 そら

「乾杯!」
花見の賑やかな声が沸いて、現実に戻された。ライトアップされた夜桜の並木は、限りなく続いている。
「復興がずいぶん、進んでいるな。ありがたいな」
ヒデキは、並んだ重機を見てつぶやく。
私たちは、いつのまにか大広橋に着いていた。重厚でなかなかおしゃれな橋だ。六十歳を過ぎた今は、この橋の丈夫さやデザインが素敵に思える。
「もう、小学校?」
小さい頃は、あんなに遠くに感じていた学校と大広橋が、目の前にあった。ヒデキは「大広橋」という橋の名前をゆっくり読み上げる。
「ここ、有名な橋だ」
「何のこと?」
「弾薬庫に行く車がこの橋を通るから、昔、相当な反対運動があったんだ」
ヒデキの指さす方には、「子供の安全を守れ」の古ぼけた看板。
フラッシュバックのように、記憶のかけらがよみがえってくる。母の白い割烹着が目の前に浮かび上がる。なまめかしい匂い。

「大広橋で会合があるんよ」
その日の母は、夜桜のように美しかった。割烹着の下は着物だったような。母の手にあった白いビラ。確か「反対」の言葉と、「だんやく」というフリガナがあったような。母は、本当に子供のためだけに、反対運動をしていたのだろうか。大人になった今になると、中年の母の心の揺れ、父との関係も少し、分かるような気がする。
どっと風が吹き、落花が舞い踊る。大広橋をとっくに通り過ぎている。桜並木は海の河口までどこまでも続く。潮の香りがしてきた。
「去年の豪雨から桜のオーナーが増えてるらしいよ。ボランティアもいるし、日本はいい人が多いな。クラウドファンディングの取組に参加したいな」
ヒデキの声が、涙にしみる。
ヒデキとの結婚は、近道だった。しかし、結婚生活は、山あり谷あり、遠回りだったような気もする。遠回りの中で何かを掴んできたような気もする。
 母もモモエも、遠くに行ってしまったけど、心のなかにしっかりといてくれる。
 「ありがとう。ヒデキ」
「何?」
「なんでもない」
「遠回りして帰ろう」
 ヒデキの鼻歌が、心地よい夜風と共に私の心を撫でていく。

『ARUHI アワード2022』9月期の優秀作品一覧は こちら  ※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください

~こんな記事も読まれています~