【ARUHI アワード2022 9月期優秀作品】『遠回りして』葵 そら

雨の記憶は、五十年以上前の小学生のころにそのまま一気に飛んでいった。あの夜も激しく雨が振っていた。消防サイレンの音が、母と私が乗るバスを何度も追い越していった。

私の通った小学校は、今歩いている川の向こうにあった。学校へは、小広橋か大広橋のどちらかの橋を渡らなければいけなかった。
私は、小広橋が好きだった。家から近く、橋を渡るとすぐに学校に着いた。今にも壊れそうな木の欄干にも、親近感を覚えていた
大広橋は鋼で丈夫な橋だったが、遠回りだった。
母は、父がいない夜、小広橋の話をよくした。
「母さんが、小広橋を渡ろうとしたら、おぎゃあおぎゃあと、赤ちゃんの泣き声がしたんよ。なんと橋の下に、あんたがおった。いけんことしたら、また小広橋にもどすけんね」
私の泣きそうな顔を見ることで、母はストレス発散をしていた。父はもう、私の前でも母を罵しることを厭わなくなっていた。。
 私は、小広橋の下で、同級生のマサコちゃんとよく遊んだ。
 あれは、小学二年生のころだ。遊びに夢中になり、門限の五時を過ぎてしまった。
「どうしよう。お母ちゃんに家に入れてもらえん。橋の下に戻される」
マサコちゃんの一言に、びっくりした。マサコちゃんのお母さんも「橋の下」の話をするのか。
とにかく、遅く帰ったことを責められ、家に入れてもらえなかったら、橋の下で待ち合わせようとマサコちゃんと指切りをした。母に叱られるかもしれないという恐怖は、指切りの温もりでずいぶん軽くなった。
 しかし、マサコちゃんとの約束は果たされなかった。私は、その夜、急に小広橋の町を離れたからだ。その夜からずっと、母の実家で暮らした。おばあちゃんやおじいちゃんは、とにかく優しかった。
父は数年後、突然、ふらっとやって来て、当たり前のように、また家族として暮らした。

あれからマサコちゃんに会ってない。どうしているかな。かわいいおばあちゃんになって、お孫さんと楽しく笑っているのだろう。去年の災害は大丈夫だったろうか。

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