【ARUHI アワード2022 9月期優秀作品】『遠回りして』葵 そら

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた9月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

花吹雪が頬をくすぐる。ぼんぼりの灯が揺れている。
「モモエに見せたかった」
ヒデキがぽつんと言う。還暦を過ぎ、白髪まじりだが端正な顔立ち。
私は、返事をしないで川土手をずんずん歩く。このまま彼の話にのると、哀しみの波にのまれてしまう。モモエの無邪気な姿が、脳裏に浮かび、笑顔が出そうになった瞬間、胸にナイフを突き立てられたような痛みがはしった。
犬のモモエと家族になったのは二十年前。昨日、眠るように旅立っていった。私たちが、定年を迎えるのを待っていたかのように。モモエが苦しまなかったことと、最期を家族三人で過ごせたことが救いだった。
モモエの葬儀をすませ、私たちは、モモエとの思い出の桜並木を歩いている。
モモエが家族になった日。今でもはっきりと、空の青や桜のピンク色がよみがえってる。燦燦と、モモエの白い毛に陽が降り注いでいた。
「この子の名前、『モモエ』にしたいな」
ヒデキの声に、モモエは、尻尾をちぎれるくらい振っていた。
桜を映してきらきら輝く美しさに励まされ、新しい家族の未来にわくわくした。
「モモエ。君の名前はモモエ」
過保護なパパぶりを発揮していたヒデキ。
「自分を信じて」
「相手と過去は変えられない」
モモエに言い聞かせるように、ヒデキが桜のプレートに書かれた言葉を読んでいく。樹木の一本一本に、オーナーの名前と言葉が書かれた札がかかっていた。モモエは、耳をピンと立てていた。
モモエと過ごした日々は、発見の連続だった。モモエのおしっこトレーニングからいやいや期の対応まで、その都度、真剣に悩む私に対して、違う視点から見るヒデキ。専門家に頼ろうとしたり、インターネットで検索したりしてため息をつく私。ヒデキは、とにかく笑いながらモモエと生活をしていた。

夜桜が風をはらんで、どっと鳴った。桜並木は続く。私たちは、ひたすら歩く。モモエの赤いリードをリュックに入れて・・・。
二十年前より、桜並木の道は伸びているようだ。地域ボランティアのまとまりがあるんだろうなと、以前見たニュースをふと思い出した。黒い土嚢が積み上げられているところも、まだ何か所かあった。

「遠回りして帰ろう」
馴染みのあるヒデキの鼻歌に、心が和みながらも、何か違和感を覚えた。
間違い探しのように、遠い記憶をたどって、ぐるっと川を見回した。二十年前にあった橋が見当たらない。
「ヒデキ、ここに橋あったよね」
「小広橋? 去年、流されたよ。」
「えっ?あの豪雨?」
一年前、空の闇に雷が光り続けていた夜。サイレンの音が止まなかった怖い夜。アスファルトの道が茶色い泥水を大量に流す川に変わった。近所の知り合いが、友達を車で送っていき、そのまま還らぬ人となってしまった。あの人は、モモエを抱っこしてかわいがってくれたのに・・・。胸が苦しくなり、大きく息をする。

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