【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『ジィジの長い一日』小沢祐次

ハッと気がつくと、自宅のソファにいた。寝てしまったか。最近寝不足が続いてたからなぁと思いながらも、ドレちゃんはどうしてると前を見ると、二メートルくらい前に立っていた。つかまり立ちしなくて立てるようになったんだと思ったその瞬間、ドレちゃんはジィジ、ジィジと言いながらよちよちと俺のところまで歩いて来ると、俺の膝に手を置き顔を見上げながら「がんばれ」と言った。
えっ、歩いた、いやしゃべった、ジィジ頑張れって
俺は唖然としながらもドレちゃんを抱き上げるとおーいと大声を上げながら、妻のいる部屋まで急いで行った。部屋に入ると「ドレちゃんが歩いたぞー」と叫び、その声に隣りの元子供部屋で寝ていた娘も襖を開け顔を覗かせた。俺はドラちゃんを畳に立たせると「ほら、歩いてごらん」と背中を押した。ドラちゃんは全く危なげなくよちよちと妻のところまで歩いて行った。妻は大して驚きもせず「へぇ、八ヶ月なのにもう歩けたんだ」と言ったので、俺はさらに「歩いただけじゃ無い、ちゃんとジィジとしゃべったんだぞ。ドレちゃん、もう一度呼んでごらん」と促したけど、ドレちゃんは今まで通り、ハムハム、ウーウーウーと意味のない言葉しか言わなかった。俺が「そうじゃなくてさっきみたいに‥」と言うと妻が言葉を遮り「さすがにまだ言葉は無理でしょう。あんた寝ぼけてたんじゃ無いの」と冷めた口調で言い、顔を覗かせていた娘もそれにうなづいた。確かに俺はうたた寝していたし、その雰囲気から、がんばれって言葉も言ったんだぞとは言えなくなってしまった。仕方ない、これは俺とドレちゃんだけの秘密にしておこうと思いながらドレちゃんの顔を見ると、それがいいよと言うように、ニッコリと天使の笑顔を俺にくれた。
妻も娘も体調は完全に戻ったらしいが、娘の旦那はウィルスに感染しておらず、予定通り七日目の明日に迎えに来るので荷づくりをするからと、最後の晩も俺はドレちゃんと寝ることになった。その日は全くぐずることもなく、あっという間に寝ついたドレちゃんの寝顔を見ながら、「あの時、間違いなく喋ったよな。同級生が死んで、自分も年取ったと思い落ち込んでた俺を励ましてくれたんだよな」と話し掛けたが、寝ているドレちゃんからは何の反応もなく、そのうち疲れていた俺は眠りに落ちて行った。
翌日、娘の旦那は朝の八時に着き、荷物を車に乗せると娘とともに頭を下げ「お世話になりました」と言ってあっさりと帰って行った。
一週間、ドレちゃんは倒れそうなくらいの疲労感と、これからずっと頑張っていける希望を俺にくれた。遠ざかっていく車を見ながら、「よーし、ドレちゃんのひい爺さんに負けないように、俺もできるだけドレちゃんの所に行って遊んであげるからな。そしたらあの時みたいにジィジって呼んでくれよな」と思いながら、そのためには妻と一緒にいつまでも仲良く健康でいようと心に誓っていた。

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