【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『わたしもかぞく』室市雅則

最初のグラタンが焼き上がり、ふた皿目をオーブンに投入した。
 父、長男、次男が同時に帰宅した。
 長男も次男も高校を卒業後に、父が勤める会社に就職をしたらしい。この三人の働き手のおかげで我が家は生活をキープできているが、どうも長男には彼女がおり、結婚をそろそろと話が出ているようだ。
「ただいま」の父の声に続いて、「腹減ったー」と言いながら長男がやって来た。
「ミートソースの匂いやばい」
 ナスのミートソースグラタン長男の大好物なのだ。
「お帰り。先にするのは?」
「手洗い、うがい」
 次男が、長男の後ろから呟いて洗面所に向かうと長男も続いた。
 この二人は一歳しか年齢が変わらないが、性格が全く違う。長男は超が付くほど陽気で、次男はとても大人しい。職場でもその具合は変わらず、長男は仲間が多いらしい。でも仕事の腕は次男の方が上らしい。
 さらに言うと、次男も次男でちゃっかり彼女がいると母は勘ぐっている。本人から聞いたわけでも、何か証拠があるわけではないけれど、母の勘ってやつ。
 それにしてもこの二人が出て行ったら、金銭的には結構ハードになる。しかし、それぞれが幸せになるのが一番だろうと両親は考えているみたいだ。
 父も父で男らしく「お父さんに任せなさい」と言いながらも、500円のお小遣いアップの交渉をしたり、一日に飲むお酒の量を決めているのに、犬のように裏庭の土の中に穴を掘って発泡酒を隠していたりと、頼れるのか、頼れないのか不安な面もある。
 でも、母が愛している父なのだから、きっと大丈夫なのだろう。
 手をタオルで拭きながら、父がやって来た。
「ママちゃん、どう?」
 父だけが何故か『ママちゃん』と言う。
「バッチリ」
「良かった。何か手伝うことある?」
「大丈夫。ありがとう」
 オーブンが鳴って、グラタンの焼き上がりを知らせた。

「みんな、ごはーん」
 母の掛け声で一斉に家族が食卓に集まった。決めたわけでもないのにそれぞれに定位置がある。もちろんわたしにも。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
 父の掛け声を合図に一斉にみんなが食べ始めた。しかし、母だけが箸を置いて立ち上がって隣の部屋に歩き始めた。
「ママちゃん、どうしたの?」
「ちょっと産んでくる」
「そうか」
 そう言って父も立ち上がって車の鍵を取りに行った。
「みんな、よろしく」母がそう言うと、「うん」と双子は揃って返事をし、三男は黙って頷いて、長女は「頑張って」と応援し、「楽しみだな」と次男が呟き、長男は「俺に任せろ」と最も心配な台詞を吐いた。
 母とわたしは父の運転する車に乗ってかかりつけの産婦人科に向かった。
 とっくにその気だったけど間も無く、わたしもかぞくに加わる。
 騒がしくなる。きっと。

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