まずはグラタンを作り始めた。大きめのナスを10本ほど切って、スライスしたじゃがいも、ニンニク、たくさんの挽き肉をオリーブオイルで炒める。一気に良い匂いが家中に広がった。トマト缶を3缶放り込んで、固形スープ、塩胡椒で味を整えて煮た。
さすがに一度に作れるオーブンはないので、半分が入る大きなグラタン皿に移して、チーズを載せて焼き始めた。
その間にししゃもに取り掛かった。大量のししゃもが次々と揚がっていく様子は何かの儀式のようで面白かった。ししゃも達も、こんなに集団になるなんて久しぶりで驚いていると思う。
素敵な香りが充満し始めた頃、「腹減ったー」と中学一年生の三男が帰って来た。陸上部で短距離をやっている三男はいつもこの台詞を言いながら家に帰ってくる。
「うわー、良い匂い」と言いながら、台所に入って来て、「喉乾いたー」(三男は行動を口にすることが多い)と冷蔵庫の扉を開けようとした三男に母が嗜めた。
「お帰り。先にするのは?」
「手洗い、うがい」
「そう。正解。いってらっしゃい」
「はいはい。お風呂沸いてる?」
「あ、忘れてた」
「えー」
「自分でやってよ。洗ってからね」
「えー」
三男は所詮「中学生一年生」の具合だ。慮ったりすることが恥ずかしいのかもしれない。母が買い物に誘おうものなら「5メートル離れて歩くなら行く」と言ってくる。母としては『仕入れ』レベルの食品を買い込むので、一人でも人手が欲しく、それを許可している。でも、例え5メートル離れていようと、大量の食料品を手にする人々がぞろぞろと歩いているので、他人のフリが出来ていると思っているのは、きっと本人だけだろう。
「ただいま」
頼りになる高校生の長女が帰って来て、台所にやって来た。もちろん手洗い、うがいは済ませている。
「おかえり」
母とわたしが同時に言った。
「何してんの?」
「今、揚げ物しているから、お風呂洗ってってお願いしたんだけどね」
「私やるよ」
「お、サンキュー」
三男はパッと洗面所に消えて行った。
「もう。いつもなんだから」
「他にすることある?」
長女は、高校二年生ながら、この家ではもう一人のお母さんのような存在だ。母も頼りにしている。
「ありがとう。大丈夫」
「あ、お母さん、来月、三者面談あるんだけど、どうする?」
「来月かあ。ま、大丈夫でしょ」
「オンラインもあるよ」
「じゃあ、そっちにしようかな」
「分かった」
そう言って、長女はお風呂場に向かった。
長女は、進路に悩んでいるらしい。まだ母は相談されていないが、大学や専門学校のパンフレットが長女の机に置かれていた。きっと金銭的に厳しいと想像をしているのだろう。だけど、それは気にせず、好きな道を選んで欲しいと母は思っているようだ。それに、長女が集めていたパンフレットはどこも看護系の学校で、家でも外でも人の為になることを行うとは、頭が下がる一方である。