僕はそのジャケットを隅々まで確認した。しかしメモ用紙はどこにも見当たらなかった。
「これじゃないのか…」
僕はまた考え込んでしまったがすぐにもう1つ思い浮かんだ。少し前に買っていたデニムだ。たしか古着屋で見つけたとか言っていたな、僕の記憶ではこのデニムもなかなかの値段だったはずだ。
「こっちか!」
しかしデニムにもメモ用紙は見当たらなかった。もう心当たりがない僕には1着ずつ探していく方法しかない。そう思ってもう1度クローゼット全体を見た時に1着の服に目がいった。花柄のワンピース、これはまだ結婚する前のデートで僕が奈帆に買ってあげたものだ。僕は吸い込まれるようにそのワンピースを手に取った。首元にはメモ用紙が貼られていた。
「あなたが私に似合うと言って買ってくれたものです。本当に嬉しかった!あのとき私はあなたと幸せな家庭を築きたいと思いました。」
決して高価なものではなかった。このワンピースが1番のお気に入りだと言ってくれたことが私は何より嬉しかった。奈帆は僕の気持ちをずっと大切に思ってくれていたことを実感した。
「ありがとう」
メモ用紙の続きには「ダイニングに来て」と書かれていた。僕は流れそうな涙を我慢しながらダイニングに向かった。ドアからはさっきまでは無かった光が漏れ出ている。開けると奈帆が立っていた。
「時間かかりすぎじゃない?」
「ごめん、ちょっと手こずった」
微笑んだ奈帆は手紙用の封筒を差し出してきた。僕はそれを受け取り中を見た。入っていたのは「パパ、宝探しクリアおめでとう!」と書かれたメッセージカードと1枚のエコー写真。
「えっほんとに!?」
「うん!」
我慢していた涙が溢れ出してきた。もう止めることはできない。僕は奈帆を強く抱きしめた。
ベビー用品を買わなくちゃ、家族にも報告に行こう、今の部屋じゃ狭すぎるか、名前は何にしようか、いや流石に気が早いか。
さぁこれから忙しくなるぞ、もっと疲れてしまうだろうか、いや僕を癒してくれる存在が1人増えるのだ今の倍は頑張れるな。
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