【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『今日という日を僕は忘れない』佐藤宗太

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた8月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

いつもと変わらない日、朝礼が終わると午前中は外回りで汗を流し午後はデスクワーク。瞼をピクつかせながらパソコンとにらめっこだ。
時計が18時を回ったのを確認して帰りの支度を始める。凝り固まった体を無理やり動かし奈帆が待つ家に帰る。これもいつもと変わらない。
奈帆と結婚したのは3年前、明るくて家庭的な奈帆は僕には勿体無いくらいの人だ。最寄駅からすぐ近くのマンション3階右端の部屋が僕たちの住む部屋だ。いつもならカーテンから光が漏れ出ているが今日は暗い。僕は少しだけ早足でマンションに向かった。
部屋の前に着いた。ドアには「宝探しスタート!」と書かれたメモ用紙が貼ってある。小さめの丸文字どう見ても奈帆の字だ。
「なんだこれ?」
メモ用紙を取りドアを開けると真っ暗な世界が広がっている。
「ただいまー」
おかえりといういつもの奈帆の声は聞こえない。玄関の電気をつけ鍵を置こうと下駄箱の上に目をやるとドアに貼ってあったメモ用紙と同じメモ用紙が置いてある。ただ書いてある内容が違う。
「上見て!」
見上げると天井にまた同じメモ用紙が貼ってある。
「ふっ(笑)」
なんとなく理解した。これは何気ない日々を送っている僕に対して奈帆が刺激を与えようとしてくれているのだろう。そうと分かればありがたく気持ちを受け取ろう。僕は軽くジャンプしてメモ用紙を天井から剥がした。
「頑張って天井に貼ったの!すごくない!!!?」
160cm無いくらいの身長でどうやって天井に貼ったのか考えただけで心配になるがそこは後で注意することにしよう。メモ用紙の続きにはこう書かれていた。
「次はあなた専用のカラオケボックス!」
次の場所のヒントか、何だか楽しくなってきた。それにしても僕専用のカラオケボックスってなん だ?少し悩んだがピンときた。風呂場だ。僕は毎晩風呂場で1人カラオケ大会を開催している。小声で歌ってたつもりだったがまさか聞こえていたとは。
風呂場のドアを開けると鏡にメモ用紙が貼られていた。
「ミスチル歌いすぎ!もう少し声抑えて(笑)」
反響してうまくなった気がしたのか声が大きくなっていたようだ。けど歌わないでと言わないところに奈帆の優しさを感じる。僕は微笑み少し頭を下げた。

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