【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『姉の晩酌』サノアイコ

「ねえ!これ!箱に入れて置いてあったでしょ!」
「なにーびっくりしたーおかえり」
リビングのドアが開いて、母が顔を出す。
リビングへ入ると短パン(しかも今日は高校のジャージ)にタンクトップ姿の姉がソファで豪快に寝ていた。
まあるく開いた口。
ネギでもぶち込んでやりたい。
「ちょっと」
わたしはなるべく低い声を出す。
呪いをかけたいほどの美しい二重幅がゆっくりと動く。
「……あ、おかえり」
「おかえりじゃないよ」
「いま、何時?」
姉はフローリングに転がるiPhoneを手元で探す。
「うわー結構寝ちゃったなー」
「わたしのパンプス履いた?」
「あぁーーうん、借りた」
「あれわたしまだ履いてないやつなんだけど!」
「そうだったのー?ごめんごめん」
「ごめんじゃなくて、ねぇなんでそんな勝手なの?」
「だーから、ごめんって言ってんじゃん」
もう履かないから、ごめんね~
お風呂入ってきなよ~さっぱりするよ~
姉は
つけっぱなしのテレビの方を向いてあけっぱなしのビールを飲んだ。
「もういい」
心の中で何かが途切れる感覚。

どうしてこの人はこんなに自由で許されるのか。どうしてわたしはこんなに苦しいのか。
2階へ向かいながらなぜか涙が滲む。
お風呂はー?と、母の声。
わたしは自分の部屋へ入ると そのままベッドへ倒れ込んだ。

電車でもバスでも
ドカっと横に座ってくる人が苦手だ。きっとそういう人は
物を置く時にも
ガンガン音をたてて置いてドアのノックの音も
コンコン、ではなくドンドンドン!と、
ドアの細胞を崩していくような…
ドンドンドン!
激しいノックで夢から覚めた。相手は誰かわかっている。
「サヤ、あたし。入っていい?」
「…やだ」
どれくらい寝ていたのか。
iPhoneを長押ししたら、23時近かった。コンタクトがゴロゴロする。
「渡したいものがあるんだけど」
「部屋の外に置いといてよ…」
「だめ。早くしないと悪くなっちゃうから」
…悪くなっちゃう? しぶしぶドアを開けると

姉が紙袋を下げて立っていた。
「はい、じゃあ入りまーす」
「え!もうここで受け取るから!」
「いーじゃん!あーもう、ほら、お母さんもう寝てるから、ね?静かに」と、強引にドアを閉めた。
そんな破壊的ノックをしてからよく言えるな。

姉はガサガサと紙袋の中身を出し
「これ」
大きな花束。
オレンジやイエローのガーベラ、
かすみ草、名前のよくわからないおしゃれな花もある。いい匂い。
「さっき、ごめん」 わたしが無言でいると
「はい、ほら。受け取って」
あごでしゃくりながら、強引に受け取らせる。
「なに。なんで?」
「ふふん。あのさ、あたしね、サヤとお酒飲みたくて」
「…は?今?」
わたしは意味がわからず、ちょっと笑ってしまった。
「あ、笑った。よし、ちょっと待ってて」
姉は階段を駆け下りて、すぐ戻ってきた。
手にはグラスふたつと、缶ビール。
「わたし、ビール飲めないよ」花束を抱えたまま言う。
まぁまぁまぁ、と
わたしを遮って、隣にどかっと座る。

よく冷えたグラスに姉の指の跡。
「飲んでみなよ」
差し出されたグラスを受け取ると姉は静かにプルタブを開けて
慎重に中身を注いだ。
長くすらりと伸びた指先は
どこか儀式めいて見えて、美しい。
静かに弾けた炭酸に、白い泡が薄く乗っかる。
「はい、召し上がれ」
そう言って自分のグラスにも注ぐ。
初めて飲んだ時はいつだったかな。大学生になってすぐだったかな。
あの時は全然美味しくなかったビールをひとくち、飲んだ。
「どう?」
「うーん」
「お?お?飲める?美味しい?」姉が嬉しそうに聞くので
「にがい、まずい」
そう言って顔をしかめてやった。
「あはは!」
姉は声をあげて笑う。

「あたしさ、結婚するから」
「え!!うそ!」
「嘘じゃないよ。本当。来月くらいには出てくから」

わたしは驚きながら、あっ、と声を漏らす。
「じゃあこれ…」
「そ、それはねぇ、貰ったの。今日」
目線を落とした花束は、さっきよりも良く香る。
「今日、サヤにパンプス借りてね、なんかそういうことになったから、まぁ、そのお返しというか、お礼というかね」
また調子の良いことを言っている。思わずため息が出た。
「だからサヤと一緒に晩酌出来てうれしーのよ」姉が独り言のようにつぶやくので
「わたしもお姉ちゃんが居なくなってうれしーよ」そう言葉にしてみた。
でも少し泣いてしまった。
姉妹という、呪いのような繋がりを切り離してみたい。
世界で唯一の関係が
こんなに酒臭くて良いのか。わかんないなぁもう。
ビールはぬるくなって、喉越しもなくなった。ただの黄金色が手元のグラスで波打つ。
「てゆか相手誰?わたし知ってる人?結婚式は?」
「結婚式は…来年くらいかな」
「相手は?」
「滝沢くん」

「…はぁ?!」
姉はちいさく笑って ビールを飲み干した。

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