【ARUHI アワード2022 7月期優秀作品】『手を伸ばした先』川瀬えいみ


 私は、入社時に私の教育係だった、バツ1一人暮らしの先輩に、勇気を振り絞って『相談に乗ってほしい』とメールを入れてみた。
 先輩からの返信は、『上司にできない相談?』
 そうだと返信すると、先輩は、意外とあっさり直接会おうと言ってくれた。
 人と対面で会話をするのは久し振りで、最初の挨拶から、舌がもつれた。
 先輩は、『私があなたの不安を取り除いてあげる』とは言ってくれなかった。そうは言わず、
「実家のご家族に電話してみなさいよ」
 と言った。先輩自身は、そうやって、孤独という不安を消し去っていると。
 でも、母さんは、どうせ私のことなんか忘れてる。私は家族に自分の携帯の電話番号すら知らせてない。
「なら、好都合じゃない。知らせるのを忘れてたって言って、電話するの。で、受け入れてもらえなかったら、また私に連絡ちょうだい」
 親身というほどじゃないけど、軽く背中を押すような先輩の助言が快く、私は、その助言に従うことにした。

「真理亜? 真理亜なの!?」
 電話越しに聞こえてくる懐かしい母の声。同じ『真理亜』でも、故郷と東京ではイントネーションが違う。母が呼ぶ『真理亜』が私の本名だ。
「真理亜、電話番号変えたんなら、ちゃんと知らせてって! 手紙出しても、宛先不明で戻ってくるし、母さん、どうしたもんかと……!」
 母さん、半分怒って、半分泣いていた。いらない子の私のために。
「真理亜からなのか!?」
「姉ちゃん!?」
 母さんの声にかぶさるように、養父と弟の声。二人の声は弾んでた。ものすごく興奮してた。
 母さんが、私の所在を突きとめようとして、私の高校のクラスメイト全員に連絡先を聞いてまわったこと。
 お養父さんが、先月、私の部屋の照明を替えようして、ぎっくり腰になったこと。
 弟が二年前に婚約したけど、姉より先に結婚するのはまずいと考えて、新居探しの難航を言い訳に、結婚を先延ばししていること。
 いろんな情報が一気に、私に襲いかかってくる。情報の波を頭からかぶって、私はずぶ濡れになった。
 私が実家を出た時には中学生だった弟が婚約。十三年という月日の意味を、今更ながらに思い知る。
「ば……ばっかじゃないの! 私の立場なんか気にしないで、さっさと結婚しちゃいなさいよ。式には、極限まで若作りして出席するから!」
 私が暗に帰省を仄めかすと、母さんは本格的に泣きだした。
 養父も弟も大昂奮。大喜びだ。
 家族との繋がりが、こんなに簡単に手に入るものだったなんて。
 私は、本当に馬鹿だ。母親が生まれたばかりの赤ん坊の世話に神経をとがらせ、時間を取られるのは当たり前のこと。なのになぜ、幼い私は母に見捨てられたと思い込んでしまったんだろう。
「もっと、こまめに連絡しなさい。こっちからも、連絡入れるから」
 養父の声と言葉が、完全に父親のそれだった。

「安奈!」
 私は一人じゃなかった。泣き笑いしながら、スマホから顔を上げたら、そこに安奈はもういなかった。
(もう、私を呼んじゃ駄目だよ)
 安奈の声は、私の中から聞こえてきた。私は私に頷いた。

 人が人と繋がるのって、そんなに難しいことじゃないのかもしれない。
 手を伸ばせば簡単に届く。でも、伸ばさなきゃ届かない。それだけのこと。
 拒まれて傷付くことを怖れて、ただ待ってるだけじゃ、誰とも繋がれない。
 そして、手を伸ばし続けていれば、結構長く続く。
 何にしても、一人じゃないって、すごいことだ。私、今、こんなに心が躍ってる。

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