【ARUHI アワード2022 7月期優秀作品】『手を伸ばした先』川瀬えいみ


「やあ、ちょうど十三年振り!」
 翌朝、安奈が私のアパートを訪ねてきた。
 すっかり大人になっていたけど、私にはすぐわかった。市松人形みたいに、切り揃えられたセミロングのストレートヘア。でも、日本人形とは違って、安奈の髪色は栗色。そして、人形と違って、安奈は騒がしい。
 あまりに唐突な訪問――むしろ突撃――に、私はあっけにとられた。
「どこがちょうどなのよ! 十三って素数じゃない」
 安奈は、私が上京して一人暮らしを始めた頃に親しくしてた同い年の友人だ。
「なんで、ここがわかったの?」
 私は大学卒業後、就職のために引っ越した。引っ越し先を、安奈には知らせなかった。二度と会うことはないだろうと思っていたから。なのに、安奈はやって来た。
「風の噂でってことにしとく。しばらく泊めてくれない?」
「い……いいけど……」
「即OKってことは、真理亜、いまだに彼氏もいないの?」
「んなもん、いるわけないでしょ。安奈は?」
「いないから、こんなとこに来たの」
「こんなとこで、悪かったね」
 相変わらず、憎まれ口ばかり。安奈は十三年前と何も変わっていなかった。
 静寂が嫌いで賑やかな、いわゆるお祭り人間。安奈は毎日がお祭り。安奈と一緒にいたら、静かな日々は過ごせない。
 私の心の孤独を見透かしたように、今日という日にやってきた安奈。十三年前も、似た感じだったな。
 その騒がしさで孤独を忘れさせてくれるのは有難かったんだけど、しばらくすると私の弱みに付け込んで傍若無人に振舞うようになり、耐えられなくなった私の方から絶交宣言。
 確か、十三年前はそんなふうだった。私は安奈を私の側から追い払った。あの時のことは、決していい思い出じゃない。だけど、今は――。
「こんなとこだけど、どーぞ」
 だけど、今は、自分以外の誰かと話ができることが嬉しくてならない。胸が弾む。私、うきうきしてる。
 人間って、たった一人でいるより、たとえ苦手なタイプの人間とでも、誰かと一緒にいる方が安心できる生き物なのよ。特に、自分の中に抱えてる不安が大きすぎる時には。
 私と安奈は性格的に合わないから、いずれ決裂することはわかってるんだけど――今回は半年くらいはもつかな? 十三年前は、二ヶ月ちょっとだけだった。
 離れたかった家族からやっと離れられたのに、一人きりの部屋が怖いくらい寂しくて、私は苦手な安奈に頼った。
 でも、安奈より常識のある友だちができ始めたら、安奈が邪魔に思えてきて、私は一方的に安奈を切り捨てた。
 あの時のことを、安奈はどう思ってるんだろう。

「ねえ。私がここに転がり込んできた理由がわかる? 真理亜に嫌われてることがわかってるのに、私がここに来ちゃった訳」
「別に嫌ってなんか……」
 『いないよ』と続けないのは、嘘をつきたくないから。『苦手』と『嫌い』は違うから、『いないよ』と続けても、それは嘘にはならないんだけど、私は安奈を好きなわけじゃない。
「……彼氏にDV受けてたとか、借金取りから逃げてるとか?」
 私に思いつく理由は、その程度。自由奔放が身上の安奈でも、前触れもなく友だちの部屋に転がり込むには、相応の理由があるべきだ。
 私の推察を聞いて、安奈はけらけら笑った。
「違うよ。真理亜に呼ばれたから、仕方なく来ただけ」
「……」
 安奈は、躊躇うことなく、自分の不作法を私のせいにした。なぜか、かなり不本意そうに。
 私に呼ばれてやってくるのは危険だと、安奈はわかってるんだ。私たちは根本的に合わない。それでも――それでも、安奈は来てくれた――。
 初めて安奈は会った時も、こんなふうだった。あれは、確か、幼稚園でみんなに『モライッコ』とからかわれ、私の心が臨界点に至りかけていた頃。
 安奈は落ち着きがなくてうるさかったし、『ばか』とか『くそ』とか、使っちゃいけない言葉を使う悪い子だったけど、私に『貰いっ子』と言うことだけはしなかった。
 一年以上、安奈だけが私の友だちだった。家族のことは憶えてない。弟が泣くと、私のことを放っぽって、そっちの方に行っちゃうから、私は自分から母さんに話しかけるのはやめちゃってた。
 小学校に入学して、ちゃんとした友だちができると、安奈の乱暴な言動が怖くなって、彼女と遊ぶのをやめた。
 安奈と再会したのは、家族と一緒にいたくないという理由で、上京してまもなく。まともな友だちができると、私は安奈と別れた。
 そして、三度目。今。
「三十を過ぎても、私に頼るのは危険だよ。だから、私、今回は長居しないつもりなんだ」
 安奈はそう言った。
「普通、イマジナリーフレンドっていうのは、幼い子どもが無意識に作る空想の友だちなの。でも、真理亜は大人で、しかも意識して、私を作ってる。そういうのは、イマジナリーフレンドじゃなく、タルパっていうんだよ。今の私は、真理亜に憑依して、真理亜の人格を消すこともできる。それで、真理亜の不安は消えるわけだ。でも、私、そうしたくないんだ。だから、真理亜、そろそろ、自分の中じゃなく、外に向かって、手を伸ばしてみる気はない? 思い切って、誰かに頼ってみるとかさ」
 伸ばした手を振り払われるのが怖いから、安奈を呼んだのに、安奈は冷たい。でも、安奈の言が正しいことが、私にはわかっていた。安奈にそう言わせているのは、私自身だったから。

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