「お~い、こっちこっち」
カフェのテラス席からオーバーなアクションで友達は呼び寄せる。
周囲にいた人達の視線が一斉に私に集まる。見届けて、一瞬だけ間が空いて私をまた見直す視線。
こういった瞬間が嫌だ。
悪気のない興味という眼差し。私の左腕を見てしまうのは分かるけど、目立つためにしているんじゃないんだ。
「ごめんね、ごめんね。急に呼び出したりして」
「別に構わないよ。行きがけだし」
友達は立ち上がり直ぐに私が肩掛けしているバックを受け取ろうとする。自然に。ごく当たり前に。
恩着せがましくしない彼女の態度は嫌いじゃない。それが正しい事だと思い込まず、いわゆる普通なんだと考えない。
他の人達もこうすれば良いのに。
確かに彼女は変わった人だけど。真似する事ぐらいは出来ると思うけど。
「いやちょっと新作を試して貰いたいのと、意見も言って貰いたくて」
「新作? 服とか?」
「違う違う、バックバック」
昔から裁縫好きの彼女は服とか鞄やら自作していた。専門学校を出た後はファッション関係の会社に勤めているが、自分のブランドを立ち上げる夢を諦めずに制作を続けている。
彼女が作った服を貰った事があったが妥協のないしっかりとした作りだった。
「ほら、これ。実際の感触を試して欲しいから適当に荷物を入れてあるんだけど」
そう言われて手渡されたスリングバック。最初、手作り感が全くない製品にちょっと驚いた。
そしてもう一つ驚いたのは私に直接手渡したこと。彼女なら私に掛けてくれるのが何時もの流れなのに。
「自分で掛けてみて」
にやっと彼女は笑って言う。
戸惑いながら言われるがままに自分でやってみた。長めのストラップで首に掛けるまで造作もない。胸元に本体があるままに、短くするにはここと彼女に教わりながらストラップを調節する。
ビックリするぐらい、素早く簡単に身体にバックを巻けた。その驚いたままに彼女を見ると更にニヤニヤと笑っているのだ。
「どうよ、どうよ~。簡単に身体に固定できたでしょ~」
「これって……」
「片手でもバックの着脱を為やすい様に作って見たんだ。バックを前に抱えるとストラップが引っ張りやすい位置に来る様にね。着けてみた感じ、どうよどうよ?」
その彼女の笑顔を見て最初に湧きあがったのは感謝。
そして直ぐに現れる申し訳なさ。
こんな私の為に何でそこまでしてくれるのだろう。尊敬を込めて頭が下がる想い。でもどうしても劣等感が付きまとうのが情けない。
それでも嬉しいのは嬉しいんだ。
「……うん凄く着けやすいよ。取り回しもいいし」
「ホント? 良かった~。何処か使い辛いのがあるなら今言ってね。それでこの際だから今の内に頼みたい事があるんだけど……」
笑顔だった彼女が真摯な顔立ちに変わった。
「アンタ、モデルになんない?」
「も、モデル??」
「そう。実はこのバックさ、デザインは私なんだけど、とある縫製会社にサンプルとして作って貰ったんだ。製品化を前提としてね」
「製品化って……資金はどうするの? それにサンプル作るだけでもお金が結構……」
「そう、だからこそクラウドファンディング」
ぱっと彼女は笑顔になって胸を張って自慢げに言った。
「片手でも着脱、開閉が為やすいバックとして資金を募って生産する。その製品紹介を貴方がやるの。もともと貴方用に考えた物だし説得力あるし。需要はあると思う。だからさ、出てみない? モデルとしてさ」
驚きと少し叱咤激励を受けた感じだった。
片腕であるのを全面に押し出せって言われた様で。
今までそれを直隠しにして、これでも普通なんだと。何かにつけて反抗していたようで。
特別や特殊じゃない、独特なんだ。
そう彼女が言っているよう。なぜそう思えるかって、彼女が独特だから。だからこそ私に真っ向に頼んできてくれたんだと。
「やっぱイヤかな? 無理強いはしたくないけど」
即答しなった私を見て彼女は少し不安そうな顔を覗かせた。
私は迷った訳じゃなく、ただ思い掛けずに湧いた感謝の思いで言葉が詰まっただけなのに。
「……これってもう完成品なの?」
「え? いやまだ改良するつもりだけど」
「これさ片手だけでなく口でさ、チャックの開閉や着脱もできる様になるんじゃないかな? 両手がない人もいるから」
「あー」
「それにシンプルだけじゃなくて、もっと攻めた柄があっていいと思う」
「だよね、だよね! みんなもっとオシャレしたいもんね! そうか、そうか~」
彼女は喜びならが自分の手帳を取り出すと一生懸命に私が言った事をメモに取っていた。
もう始まっていたんだと思っていたんだけど。
私の新生活は今、始まったと感じた。
私という独特を認めた瞬間に。
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