アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた7月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
太陽さんさん。
眩しくかざしたその右腕。
でもそれだけで使うには勿体なくて。
たくさん他に使うのに残しておきたいと思ってしまう、しみったれた私。
私の新生活はある日突然訪れた。
気付いたら病院のベットの上で。
見慣れない風景の中で。
何が起こったのか全く覚えてなくて。
混乱する私を不安げな顔で、それでいて不自然なほどな優しげな声で言う看護婦さんが印象的だった。
それがどうしてかと気付いた時、ああこれのせいなんだと冷静に一番最初に思った。
私の左腕の肘から下が無くなっている。
驚きもあって恐怖もあったはずなのに、覚えている感情は淡々としていた。何となく、絶望に近い感じだった。
取り乱しもしない、うんうんと説明を聞く姿に看護婦さんと両親の方が不安一杯だった印象。
でも苦しく辛くなったのは暫くした後で、その時は痛みなどなかったし身体も心も、略々麻痺していたんだろうなと思う。
路線バスが終点の駅前に近づいて、私は慌てて肘だけの左腕を使い、スリリングバックを手繰り寄せ右手で中をまさぐる。
先ずは使っていたハンドタオルを仕舞い込んで、それでもってICパスケースを確認、それを右手で引っ張りやすい位置まで用意して。
そして座席から立ち上がる準備。意外とバスの席って立ち上がりづらい、前席と間隔が詰まってる分。
優先席だと横向のソファタイプもあるけれど、私は足はしっかりしているから別に普通の席で構わないと思うタイプ。
右手が自由に動かせる状況なら立っていたって構わない。
バスが停留所に停まると足早に降車口へ。手早くパスケースをかざして淀みなくバスを降りる。初めの頃は降りるのを最後にしようとずっと待っていたけど。
馴れたからではなく、そう為るべきだと思ったから今は先頭で降りる。
降りたら手早くパスケースを仕舞い次の準備を。今度は電車だ。
そう心構えした時に人とぶつかる。バスで後から降りて来た少年と追い抜き様に肩が軽く当たったのだ。
閉めかけたバックの開け口からハンドタオルが地面にぽろっと。
あっと思っても直ぐに取れない。今、拾おうとして屈んだらバックの中身を道路に拡げる事になる。
少し私が戸惑う様子を伺わせた時、素知らぬ感じで通りすぎようとした少年。あちらもあっとした顔をするのだ。
慌てた様子で彼がタオルを拾うと申し訳なさげに一言。
「すいません」
それに私は無言の会釈返しで受け取り、歩き出す。
そして思うんだ。その“すいません”はぶつかった事に対してなのか。
私の左腕を見ての自分の行動に反省してなのか。きっと後者の方なんだんだと顔を見れば分かるけど。
最初の頃、絶望は無かった。
そして知ったのは、それはじわじわ内側から蝕んで襲ってくるもんなんだと。
リハビリやカウンセリングを受けていても自然と笑顔で返せていた。
私のあっさりとした反応に逆に周囲は心配しているのが分かった。それほど相手の気遣いに後ろめたさを覚えない。
一人でいる時なんだ。
ふとした動作で、無意識に空を切ってしまって気付く無い私の左腕。
そしてゆっくりと穴が空くんだ、心の中に。そこには痛みなんてなくて、その周りがじわり、じわりと苦しくなる。辛くなる。
絶望は現実を知るところから始まる。それまでだと知って、その先に何もないことを思い知らさせる。
そう、私は最初から混乱したままだったんだと。
絶望だと感じる心の余裕なんて無かったんだと。