【ARUHIアワード12月期優秀作品】『誰のものでもない家』小波蛍

「シェアにどんな夢見てるのか知らないけど、あんたはこの家をここに住むみんなの仲いいホームなんだ、とか思ってたりしない?」
 今までもそうだった。友達を作りたいとか色んな人と交流したいとか、そんなキラキラした動機で入居してきた人もいた。だけど、彼らは、彼女らは、結局我慢と妥協の多さに疲れて、ストレスのない普通の一人前の一人暮らしをするために出ていった。
 後味の悪い別れ方をした人もいた。きっとそいつらは、ここに来たことを後悔しかしていない。
「違う。その逆。ここは誰の家でもないの。みんな自分の家と呼べるところを見つけられるまでの時間を過ごす、仮の居場所なんだよ。私が来てから今まで何人来ては去っていったと思ってんの?」
(だから私も早く抜け出そうと、今日も部屋探しをしているのに)
「誰の家でもない、てことは自分の家ではない、てこと。自分の家ではない場所のものを勝手に動かしたり処分したりなんてありえないよね?これなら分かりやすいでしょ。」
 しばらくは誰も何も言わなかった。
「…常識のないやつ。最っ低。」
 怒り疲れたマナミはよろよろと自分の部屋に戻った。そのままベッドに突っ伏す。
(早く自分の住む場所がほしい。でもやっぱり高くて不便なとこしかない。何で?こんなに探してるのに。今日だって…)
 ふと、シンジの落ち込んだ表情が頭に浮かんだ。
(半分八つ当たりだったかな…最低なのは私か)

 シンジの退去の知らせが届いた時は、全員が納得した反応を見せた。大掃除事件から2ヶ月後、宣言通り、捨てられた物もできるところで「弁償」された後だった。
「まあ、居心地悪くなるよな。」
 タツノリがこぼした。夕食の時間が重なり、形だけマナミと食卓を囲んでいた時だ。テーブルの上はいわゆる「個食」状態。シェア滞在と言えど、食生活は全員が一人暮らしなのだ。
「言い過ぎた、とか思ってたりする?」
 マナミが聞いてみる。
「…少し。」
 事件の後、みんなそれなりに普通に過ごしていたつもりだったものの、やっぱり溝はできていたのかもしれない。
「…誰のせい、とか言いっこなしだからね。サヤさんなんて逆に清々してるかもしれないし。」
(言い過ぎてる人がいるとしたら、それむしろ私だし)

 シンジの退去日時は平日の昼で、それに立ち会うことができたハウスメートは遅番のシフトに出る直前のサヤ、そして店の夜の開店までリビングでカクテル作りの練習をしているリョウスケだけだった。
 マナミはいつも通りの時間に帰った。心なしか、いつもより家の中が静かな気がする。
 ちらっとリビングルーム様子を確認すると、テーブルに昨日までなかった少し高級そうなお菓子の箱と、封筒が置いてあるのに気づいた。封筒の表にはには「マナミさんへ」と、不器用そうな字で書かれている。
 他人の物に手を触れないはシェアハウスの鉄則。もちろん、どちらも未開封だった。
 少しドギマギしながらマナミは封筒だけを手に取り、隠すようにして自分の部屋に上がった。すぐにベッドに座り込み、開ける。中には、ノートから破り取ったような文字がいっぱいの用紙が入っていた。
 マナミは少し困惑しながらそれを読み始めた。

 マナミさんへ、
 お世話になりました。最後にちゃんと挨拶できなかったのが残念です。でも、最後に言いたいことがあったので、こうして書いています。
 大掃除の時は本当に迷惑をおかけしました。
 でも、実は今少し感謝してます。
 あの時、怒られたのはみんなからでしたが、どうして自分のしたことがいけなかったのかを説明してくれたのはマナミさんだけでした。掃除の直後は、自分的にはすごくすっきりしていて、正直、みんな何をこんなに怒ってるんだろうなんて思ってたんですが、マナミさんのおかげでやっと自分がしたことのバカさ加減がわかったんです。あの後かなり本気でへこみました。

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