アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。
その家に新しい住人が来ることを最初に知ったのはマナミだった。
理由は簡単。彼女が一番一日にメールをチェックする回数が多くスマホをいじってる時間が多い住人だからだ。
次に知ったのはサヤだった。遅番のシフトから帰宅後にマナミに聞いたのが最初、そしてメールを確認して、管理会社からの正式な通知を読んで。
その次が年少組のタツノリとユキナ、そして最後がリョウスケ。反応は皆いつもと同じ、また新しい人来るんだ、どんな人だろうね、というたわいないものて、すぐにいつもの調子に戻る。
「リョウスケさん、またゴミ出し忘れたでしょ。」
出来の悪い兄を叱るように言ったのはユキナ。
「ごめん、つい寝過ごして…」
「空き瓶一番たくさん作ってるのリョウスケなんだから、そこんとこちゃんとして?」
サヤが追い打ちをかける。
マナミは興味なさげに、皆で集まってるリビングルームの床をぼんやり眺めた。
(また髪の毛が大量に落ちてるけど、誰のだろう…でも別に誰も文句言ってないし、いいか、そのままで)
掃除されない、ゴミは捨てられない、物は増えるけど減らない。どれもこれも、嫌だと思っても長く住んでいると気にならなくなる。自分のじゃないのなら責任取らなくてもいいし、誰も何も言わないのならそのままで問題ない。むしろ、変に騒ぐ方が後々面倒なことになる。
(そういえば、タツノリ君の歓迎会の時も翌朝は大量の空き瓶が残ってたな。あと床にいっぱいお菓子のゴミと、半分飲み残しのコップがいっぱいと、キャベツの千切りが散らばってて…パーティーは楽しかったけど、その後誰も部屋の掃除をしようとしなくてしばらくリビングが地獄絵図だったな…懐かしい)
けれど、やはりいい思い出とは言い難い。
ほとんど無意識にまたスマホに目を向け、開いたままの画面を再読み込みする。良いと思える新しい空き部屋は出ていなかった。
新しい住人と最初に対面したのもマナミだった。
全員にその知らせが行き渡ってから三日後の夕方、いつものように気だるそうにして帰宅、埃と土と脱ぎ捨てられた靴で散らかった玄関に上がると、知らない若い男性が廊下の拭き掃除をしていたのだ。
彼女と皆が住むここは東京、豊島区の2階建てのシェアハウスだ。寝室は各階に3つずつ。キッチン、トイレ、リビングと風呂場は共同。使用ルールはあってないようなもので、今までの積み重でできた暗黙の了解によって秩序が守られているだけ。冷蔵庫の場所の取り合い、名前を書いてない消耗品の処分を決める連絡、自分のじゃない物が邪魔になって手間になる物探し。狭い物件に他人同士の生活がひしめき合う、少し異様な空間だと思う。誰かの食料品が消えた、ちゃんと片づけをして、といった解決しないいざこざは日常茶飯事だ。
住人は今日から6人。滞在歴が長い者から順に、
一番の年長者、姉御肌でライフスタイルがおしゃれ、原宿のアパレル店に勤めるサヤ。
仕事は人材紹介会社の事務職、ごく一般的な新人会社員のマナミ。
六本木の高級バーで修行中、いつかは自分の店を開くことを目指してるみんなの兄貴分、リョウスケ。
今はバイトしながら就活中、去年まで海外を渡り歩いていた元バックパッカーのタツノリ。
長期の海外留学を前に昨月まで住んでいたアパートを引き払い、出発までの期間だけ住むために越してきた大学生、ユキナ。
そして、今マナミの目の前にいるこいつ。まだ彼はマナミに気づいていないのか、せっせと雑巾がけを続けてる。
「…新しい人?」
警戒気味に聞いてみると、彼はやっと顔を上げてマナミの方を向いた。
「はい、今日からお世話になります。シンジって言います。よろしくお願いします。」
「…私はマナミ。こちらこそ、よろしく。」
「よろしくお願いします。」