【ARUHIアワード12月期優秀作品】『人生の決断』倉地雄大

「貴方はいつだってそう。好きだ好きだと言ってその気にさせておいて、愛を注ぐだけ注いで、満足して去っていくの」
「……ちょっと語弊がありませんか。そして貴方は僕のことをよく知らないでしょう」
恐る恐る返事をする。と、不思議なことに、そこにいるのは、僕のよく知っている、かつて愛した彼女がいた。少なくとも、そんな気がした。
「いいえ、知っているわ。私はおそらくこの世の中の誰よりも、貴方のことを理解している。私ほど理解している人はあなたの人生において2度と現れないかもしれないのに、あのときは、よく仕事を理由に振れたわね。あのあと、こっちは大変だったんだから」

かいつまんで話すとこうだ。僕に振られた彼女は、一人旅に出て、壊れた心を長い時間をかけて修復し、ベストじゃないけれども、ベターな恋に出会い、結婚は「最愛の人とするものではない」と悟り、結婚し、子供ができたという。その報告を貴方にしようと思っていたと、偶然電車で居合わせたから、今までの文句とともに、全て伝えようと思い伝えてみたというのだ。かいつまんだ分、僕の主観も入っている。彼女の言葉と僕の理解がイコールではないと思うが、僕は大体そのように解釈した。

改めて言われてみると、理解はしていたものの、僕は酷かったのかと思い知らされた。きっと想像していたよりも、自分で感じていたよりもずっと酷かったのだろう。自分のことしか考えず、相手の想いが重く、逃げ出してしまったのだ。会うことが億劫になり、約束をキャンセルし、ただやれば結果が出るだけの仕事に邁進した。そのときの判断が、決断が、自分にとって間違っていたとは思わない。今の自分は、その自分がいたからあって、今の自分にあのときあぁしておけば…と思うことはあまりない。だけど、あのときもう少し向き合っていたら、彼女と話し合っていたら、とは考えることもある。あの日、二人にとって「大切なあの日」、彼女は勇気を出して僕に会いにきたのに、僕はなんてひどいことをしてしまったのだろう。過去に引き戻されたこともあり、珍しく謝りたくなった。

「♪〜次は五反田、五反田……」

 でも過去に戻ることもできないし、いま彼女に謝っても何も変わらない。だから僕は、彼女が今、幸せな人生を歩めていることを精一杯祈ることにした。五反田の街を通過する電車の中から、この先の貴女の人生に、幸あれ。

「ねぇねぇ、なにをいのっているの?」
唐突にコートを引っ張られた。
「……っ!!」
子供だ。無邪気に子供がふたり、こっちを見上げて服を引っ張っている。僕は少し顔が引きつる。動物とか子供とか、理論的でない相手は、昔から苦手だ。
「ねぇねぇ、さっきからいのっているようだけど、なにをいのっているの?おばあちゃんのたいちょうをしんぱいしていのってくれてるの?いもうとがそうだっていうから、ちがうとおもうけど、おしえてほしくて」
呆気にとられた。小さい妹と手を繋いだふたりの子供だ。周りを見回してみても、どこにも親らしき人はいない。そして年齢の割に、というか普通の大人と話しているのではないかと錯覚させられるくらい、ちゃんとした言葉遣いで話しかけてくる。

「……きみたち、迷子かな?」
「……こどもあつかい、しないでくれる?」
なんて返しだ。思わず謝ってしまった。
「祈っていたのは、そうだな……大切な人のために、今もその人が幸せであって欲しいなと思って祈っていたんだよ。ごめんね、君たちのおばあさんのためじゃなくて」
「どうしてたいせつな人なのに、しあわせをとなりでいのれないの?」
「君たちにはわからない大人の事情があってね」
「おとなのじじょうってなーに?」
「いまは理由があってなかなか会うことができないんだよ」
「ふーん、リコンってやつか」

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