アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
人は誰しも、違う。だからきっと、それぞれが大切にしている“ある日”は違う。
それは仕方がない。違う生き物なのだから。でもそれは僕にとって衝撃で、僕の世界を一変させた。当たり前のことなのに、同じだと思っていた。すべてが同じだと錯覚していた。こんなに当たり前のことなのに。その世界が崩れたのはいつからだろう。
「♪〜次は、新橋、新橋……」
立って乗る電車は、当然やることがなく。今日は生憎、小説を持ち合わせていない。電車にある電子広告は、すでに2周目に入っていて、なんとなしに見ていた車内の中吊り広告はほぼほぼ読み切ってしまった。僕は暇を持て余し、何気なくスマホを開く。ボーッとニュースを読んでみるも、大物芸能人の結婚や、政治家のバッシング記事、遠くの街の殺人事件など、今の僕にはどの話題も興味が持てなかったので、ニュースは諦めて違うアプリを立ち上げた。
不思議な物で、スマホには数千数万の使い道があるのだろうが、人が大抵メインで使っているものは大体10やそこらのアプリだと思う。僕が使いこなせていないだけで、世の中の人がもっと使いこなせているのだとしたら、是非とも使い方を教わりたい。いや、教わったところで、それはその人の本質が変わらなければ、また同じところにたどり着くのか。それも自分にとっての当たり前が、人にとっての当たり前と違うのだということを、改めて思い知らされただけだった。開いたのは、Gmail。もっともポピュラーに使われているメール管理アプリだ。新着メールがいくつか届いていたので読んでみたが、全て仕事のメールなのでげんなりした。少しだけ暇つぶしでやっている、決してハマっているわけではないゲームアプリは、電波の入りが悪いのか始まらずイライラが募っただけだった。流行りに乗って開設しただけのインスタは、自分以外のみんなが幸せ者な気がしてきて絶望感を感じただけだった……。
消去法でラインを開く。ラインというのは便利な反面、いつでも連絡が取れるようになり、深夜の上司からのラインなど困ったりする。しかし、体調が悪い時に鳴るラインの通知音は、それだけで風邪が吹き飛ぶ気がしたりもするから、不思議なものだ。ラインの通知は7件。そのうち5件が企業広告とテレビ局の宣伝ラインで、1件が仕事、もう1件はグループラインだった。なんだかもう、ため息が出る。
「♪〜次は、浜松町、浜松町……」
電車が駅に到着し、多くの人がスマホを見ながら出ていき、多くの人がスマホを見ながら入ってくる。不思議だ。幾千と言う人が同時にスマホを扱っているのに、僕には誰からも連絡がこない。必要とされていない、ダメという烙印を押された気がして、また少しため息が出た。
少し遡り、ラインを見返してみる。すると、少し下に彼女のトーク画面があった。2日前、「何時に帰ってくるの?」というラインをもらったままだ。遅くまで飲んでこともあり、はっきり覚えていないのだが、返事を返してないところを見ると、そのまま帰宅したのだろう。昨日の朝も、昨日の夜も、今朝も普通に会話をしていたから、その後のラインは特にしていない。
いつからだろう。
彼女のラインのアイコンの笑顔が、妙に眩しく感じるようになったのは。
いつからだろう。
空き時間に、ラインで何気ない会話をしなくなったのは。
いつからなんだろう。
ねぇ、いつからなんだろう。
問いかけても、彼女のLINEからはその返事は返ってこない。
スマホから顔を上げると、窓に疲れた顔のおじいさんが映っていた。
ん…?どことなく、見たことある人に見える。数年会っていない父親、に見えた。いやただの他人の空似かもしれない。だが僕の知っている親父よりも少し老けていて、白髪が生えていて、服が少しクタっていて、それでいて猫背で、どこか闇を抱えていて。