【ARUHIアワード12月期優秀作品】『人生の決断』倉地雄大

「♪〜次は品川、品川……」

 ふと耳に入ってきたアナウンスが、頭を強烈に品川に想いを馳せさせる。
 品川は、よくデートをした場所だ。品川の映画館は、至極当たり前のことだが、新宿・渋谷・六本木ほど人が多くなく、人混みが嫌いな僕にとって、とても居心地の良いシネコンだった。ミニシアターは落ち着くけれども、シネコンはどうも人が多すぎて、行くのに決死の覚悟がいる。映画を見に行くのに覚悟がいるとなると、必然的に映画館から足が遠のく。地元の映画館は居心地がよかったなぁ。最寄駅から遠く、車なしではいきにくい、そんな地元の少し閑散とした映画館が今や愛おしかった。そんなとき、ふと足を運んだ品川の映画館は、深夜のレイトショーだと、ほぼ貸し切り。僕にとっては最高の映画館だった。
 デートで何を見に行ったのか、考えてみた。おぼろげに思い出すことはできても、最後に行ったのがいつで、何を一緒に見たのか思い出せない。これも僕の中で「大切なあの日」が色褪せてきているからだろうか。いつも思い出すのは、面白かった映画の中身だけだ。
最後に見たのは……公開直後にほぼ貸し切り状態で見たレイトショーの「ジョーカー」だ。見終わってふたりしてなかなか興奮が収まらず、自宅まで歩いて帰ろうとして、それでいて途中で疲れて、五反田を超えたあたりでタクシー拾って帰ったんだっけ。

「♪〜次は大崎、大崎……」

あと4つ。
あと4つか。
もう一周山手線に乗っていたいが、僕は、
あと4つ先の駅に着いたら、君に伝えないといけないことがある。
少し真剣な話だ。
1年後、10年後、30年後の僕にとって、今日は
「大切なあの日」かもしれない。

 ボーッと窓を見ていたら、大学生っぽいカップルが隣に居た。ふと目がいったのは、女性の方が昔好きだったあの子に似ていたからだ。懐かしいなぁ。あの子はいま何しているんだろう。大学生だった僕は、狭い世界で生きていた。あの時は、あの世界が全てで、僕は必死に生きていた。少年漫画のヒロインのような名前の彼女と、何年か親友のような関係を続けていて、気がついたら好きになっていた。親友関係を続けていたのは、彼女には当たり前のように彼氏がいて、僕がその関係に割って入るほどの勇気と戦い方を知らなかったからだ。今思うと、戦い方を知らなかった気がするが、それは実は言い訳で、あの時は勇気が出なかっただけなのかもしれない。つまり僕は、叶わない片思いをしていたのだった。挑む前から決まっていた敗戦。不思議なもんだ。でもその彼女と遊びに行くたびに僕は「なんでその気にさせるようなことをするの?」と何度も聞いたが、「貴方こそ私のことなんか好きにならないでしょう?」なんて言い返してくる。こっちの気持ちを知ってなのか、知らずになのか。その態度が、その切り返しが、また余計気にならせる。
 でも不思議とその関係は居心地が良くて……。神に誓ってプラトニックな純粋な関係だったと言い切れるのだが、僕と彼女の、その二人しか理解できないような、特別で大切な関係がガラスの宝石のように思えて、僕はすごくすごく大切にしていた。だから、それで良かったのだ。でも人は強欲な生き物だ。結局、僕らは数年の親友を経て、付き合って、愛し合った。そして僕の一方的な理由で別れた。この世に君しかいないと思って付き合っていたのに、君からの愛が重くなっていったのは、どうしてなんだろう。

ふとそんなことに想いを馳せていたら、カップルの彼女と目があった。
「貴方って、いつもそうね」
不思議と、大学時代の彼女の声だった。でも目の前の彼女は当然、僕の知っている彼女とは別人のはず。だが、彼女はそんなこと気にも留めず、続けた。

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