――伸太郎のやつ、余計なことを言うから思い出しちゃったじゃないか――
光橋山公園展望台から町を眺めながら、明音の胸に福井に来たばかりの、幼い日のことがありありと浮かんでいた。
明音にとって、『あっぱ事件』は黒歴史以外の何者でもなかった。周囲の大人たちにとっては、それは単なる笑い話に過ぎないことは分かっていても。
その日も、明音たち4人は、光橋山公園で遊んでいた。歩いてすぐのこの公園は、4人にとってのホームグラウンドだ。5月になったばかりの公園には、つつじの花が咲き乱れていた。
かくれんぼをしよう、と伸太郎が言い出した。明音と里花は賛成したが、洋太は一人で隠れるのは怖い、と主張した。一番年上の里花は少し考え、
「それじゃあ、チームになろう。2対2ね」
と提案した。ジャンケンでチーム決めをしたところ、里花と洋太、伸太郎と明音というチームになった。最初は、里花と洋太がオニとなった。2人が100数える間に、伸太郎と明音はつつじの茂みに隠れた。この、たくさんあるつつじからオニの二人は自分たちを発見できるだろうか――。つつじが、自分たちの仲間になった気がして、ワクワクした。あかねちゃん、じっとうごかないでいるんだよ。わたしたちが、かくしてあげる。
明音が、そんな空想にふけっていると、ふいに伸太郎のおなかがぎゅうっと鳴った。思わず伸太郎を見ると、
「腹、へったぁ」
と照れ臭そうにし、つつじの花をひとつ摘むと、口に含んだ。驚いて見る明音に、
「知らんの?つつじって、甘いんやで」
と言い、明音にも濃いピンクの花を差し出した。恐る恐る、伸太郎の真似をして花の根元に口をつけると、舌先にふんわり甘い味が漂った。
「ほんとだ!甘い!」
驚く明音に、伸太郎は特別な秘密を伝えるかのように、明音に少し顔を近づけた。
「でもな、オレンジ色のつつじはあかんで。あいつは毒があるからな。ばあちゃんに聞いたんや」
ほんとに、と言おうとすると、みーつけた、と里花と洋太の顔がのぞき込んだ。
ごめん、もうすぐピアノやから…。攻守交替でかくれんぼを続行しようとすると、里花が申し訳なさそうに言いだした。洋太は一人は嫌だというので、明音がオニとなり、伸太郎と洋太を探すことにした。
いーち、にーい、さーん、…ひゃく!
明音はひとりで数え、探し回った。さっきは優しく語りかけてくれたつつじたちが、急に他人の顔になった。広い公園で、二人はなかなか見つからない。空が、少し赤くなってきて、明音は焦り始めた。男子トイレまでこっそりのぞいてみようか、そんな気分になったとき。ベソをかいた洋太が現れた。明音がいる広場よりだいぶ上の方、斜面に沿ってつくってある細い階段をおりてきたのだ。確か上には、日本庭園があるはず。
「洋太、ひとり?伸太郎は?」
安心したのと同時に、なぜ怖がっていた洋太が一人なのか。怒りがわいてきた。
「なかなかばれないところかくれようって、伸ちゃんが…。コイの池の近くに隠れてたんだけど、伸ちゃん急に、あっぱせなあかんから帰るわ、明音たぶん下にいるでそっち行けって言って走って行っちゃって…」
手をつないで二人は帰り道についた。明音は弟を一人置いて行った伸太郎に腹が立ってしょうがなかったが、洋太は違うことを気にしていた。
「ねえちゃん、あっぱって何だろう。あんなにあわててたんだから、すっごく大事なことなのかなぁ。おれの知らない遊びなのなかぁ」