【ARUHIアワード12月期優秀作品】『つつじ花、いと甘き。』熊野那奈

「こっちが姉の里花で、今度四年生。弟が、伸太郎。明音ちゃんといっしょ。明音ちゃん、新学期から同じ学校だね。よろしくね」
女の人は、子どもたちを紹介すると、千鶴の方に改めて向き直り、
「ごめんなさい、お子さんに聞くだけ聞いて、私が名乗ってなかったですね。深川恵(めぐみ)です」
と名乗った。千鶴もあわてて、遠藤千鶴です、と頭を下げる。
 大人二人が次の言葉を探すわずかな隙をねらうかのように、伸太郎がまんまるな目を輝かせ、
「遊ぼっさぁ」
と明音と洋太を見つめた。千鶴が返事に迷う一瞬のうちに、洋太は、「あそぶ!」と叫び、止める間もなくサンダルを脱ぎ、伸太郎と中に入っていった。
「あっ、こら、洋太!」
千鶴は慌てたが、恵は、いいんですよ、と笑った。
「千鶴さん、もしよかったら、洋太君と明音ちゃん、しばらくうちの子と遊ばせてもらえませんか?この町内、子ども少ないから、明音ちゃんと洋太君きてくれて、すごく嬉しいんです」
 確かに、挨拶に回った先は、深川家以外はお年寄りばかりが出てきた。ありがたい申し出だったが、本当にいいのだろうか。千鶴の遠慮する様子を感じ取ったのか、恵は続けていった。
「あ、もしかして何かご予定あります?だったらごめんなさい、図々しいこと言っちゃって」
 予定なんて、ない。まだ隅々に置きっぱなしのダンボールを、いい加減片づけなくてはいけない。それには子どもたち、とくに洋太を預かってもらった方がずっとはかどる。時間は ――今、1時半か。
「こちらこそ、仲良くしていただけるとすごく嬉しいです。お言葉に甘えさせていただいて、よろしいですか?3時ごろ、迎えに来ますので」
 千鶴の言葉に、横で様子をうかがっていた明音と里花が歓声をあげた。
「明音ちゃん、私の部屋おいでや!いっしょにアクアビーズしよ!」
里花の誘いに、うん、と嬉しそうにうなずき、明音もサンダルを脱いだ。

 確かに、3時に迎えに来たはずだ。それが、腕時計を見ると午後7時40分。さざえの壺焼きを食べる千鶴の隣では、憲明が上機嫌で恵の夫、有志(ゆうし)と話している。二人とも、顔が真っ赤だ。おそらく、自分の頬も染まっていることだろう。何といっても、日本酒がおいしい。
 クッキーを手土産に、深川家まで子どもたちを迎えに行くと、深川家の主、有志が帰宅していた。カーゴパンツにパーカーというラフな格好の有志は、挨拶もそこそこに、今晩、ご予定がなかったら、と前置きして遠藤家をバーベキューに誘った。早朝から釣りに出かけており、イシダイを釣ったのだという。
「珍しく大物釣れたから、この人、炭火で焼くってはりきっちゃって。場所はうちのガレージだから、景色は全く楽しめないんですけど、お近づきにどうですか?」
 恵も、ニコニコと言った。深川夫妻の人のよさそうな笑顔に、千鶴の心もゆるゆるとほぐれていった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。新鮮なお魚、ぜひいただかせてください」
 夕方、新店舗のオープン準備から帰った憲明も合流した。イシダイは、刺身と塩焼きでいただいた。
サザエは、有志が海沿いの直売所で買ってきたものだという。恵が、スーパーで買ったというイカも、東京のものとはまるで違っていた。恵は、子どもたちに、と気を遣ってくれて、ウィンナーや焼きそばも用意していたが、明音も洋太も、びっくりするほど魚を食べた。バーベキューがお開きになるころには、大人たちも子どもたちも、すっかり打ち解けていた。
 その次の週末には、深川家が遠藤家にやってきて、もんじゃ焼きパーティをした。福井にはもんじゃ焼き文化はないらしく、里花と伸太郎は、初めての食べ物に大笑いし、洋太はいばって2人に食べ方を教えていた。

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