景義はこの日のこの瞬間を迎えることが憂鬱でならなかった。何故なら、彼は他の皆が持って来たような、ちゃんとしたプレゼントを用意する事が出来なかったからだった。
景義の家は母親しかおらず、とても生活が苦しかった。普段から母親の苦労する姿を見ていた景義は、プレゼント交換で三百円が必要になる事を最後まで言い出せなかったのだ。
プレゼント交換が始まり、陽気なジングルベルの曲とともに、生徒達の膝の上を綺麗な小箱や包装紙に包まれたプレゼントが渡り歩いていく。一周を少し過ぎた辺りで音楽はブツリと止まり、教室は生徒達の歓声と悲鳴で溢れかえった。
景義はとっさに周りを見回した。「あれ」は一体誰の手に渡ったのだろうか。その視線は、とある生徒の手元で止まった。
杏菜だ。
彼女はしわくちゃの茶封筒を両手に持って、難しい顔でそれを見つめている。景義は一気に顔が熱くなり、全身から汗が噴き出るのを感じた。よりによって杏菜の手に渡ってしまうとは。
胸元まである長い髪。大きな黒目がちの瞳に長いまつげ。いつもフリフリのスカートをはいている杏菜は、その気の強い性格を含め、まるで漫画に登場するような典型的なお嬢様キャラだった。さほど身長が高いわけでもないのに、いつもツンとアゴを上げて相手を見下ろすような顔つきをする。とても頭の回転が速く、口げんかでは、まず誰にも負けない。反面、裏表が無く、姉御肌なところもあったので女子からは一定の人気があった。男子は、担任を含め全員が彼女を恐れていた。杏菜はまさにこのクラスの女帝だったのだ。
「最低」
「こんなのプレゼントじゃない」
「杏菜ちゃんかわいそう」
杏菜の様子に気付いた女子生徒達が一斉に騒ぎ立てた。しかし女帝はそれを制するようにすっと右手を上げる。彼女達はピタリと口を閉じた。杏菜はゆっくりと茶封筒を開き、細くて真っ白な指を中に差し入れた。取り出されたのはマッチ箱大の五枚の紙切れだった。彼女は一枚一枚を手に取り、丁寧に確認した。全ての紙の上部には「何でもやってあげます券」と書かれていた。
「これ、誰が用意したの?」
杏菜が良く通る声で言った。あまりにも冷静なトーンに、かえってその場の緊張感が高まった。生徒達は「誰だ誰だ」と周りを見回す。景義は下唇を噛み、うつむいたまま右手を挙げた。
「やっぱそうか」
「ちっ。貧乏人が」
生徒達から、心ない言葉が容赦なく景義に浴びせられる。
お金が無かった。家の中をいくら見回してもプレゼントの代わりとなるような物は見当たらなかった。どうしようと悩むうちに今日という日を迎えてしまい、担任にも相談できぬまま、刻々とクリスマス会の時間が迫っていた。そんな中、彼がとっさに思いついたのが、幼い時、母に贈った「かたたたき券」や「お手伝い券」だった。自分が他人に与えられるものといえば、もはやそういった「労働」くらいしか思い浮かばない。彼は、クリスマス会が始まる直前にノートをハサミで切って「何でもやってあげます券」を作り、ランドセルの底でくしゃくしゃにつぶれていた空の茶封筒に詰め込んだのだった。
「こら、やめなさい」
気弱な担任教師が三度そう繰り返し、生徒たちはやっと静まった。
「花村さん的にはどう?そのプレゼント」
担任は杏菜に尋ねた。景義は恐る恐る顔を上げて杏菜の方を見た。彼女は足を組み、例のごとくツンとあごを上げて、景義を見下ろしていた。