「でさ、俺の持論だけどね。アウェイとか言うとさ、たちまちそこはアウェイになってゆくんだよ。お前のいるところは、ホームだって思えばそこはホームになるって。去ってゆく俺が言うのもずるいかもなんだけど」
涼は、異議ありって思いつつも、ヤマナシが日頃こういうことを考えていたのかってことを知って、ちょっとだけ励まされている気分になってくる。
つい、この前までは巷でよく耳にしていたアウェイ感の正体ってほんとは、こういうことなのかもしれないと、微量の感傷と共に納得しそうになっていた。
夜の空は月が丸くてどこも欠けていなかった。満ちている月を見ながらヤマナシの声を酔った身体のまま聞く。
「だってウチの会社さ、ま、なんかじめっと暗いけど、根っから意地悪な人っていないじゃん。それにホームってのはさ、誰と居たいのかってことで、もしあの会社が涼のホームじゃなかったとしたら、誰かをホームにすればいいんだよ」
「あんたは、韓流ドラマの見過ぎか」
って涼は思わずつっこんだけど、ヤマナシのその言葉はずっと忘れないような気がしていた。
ヤマナシが去ってからのオフィスは、ぽっかり空いて、その空間の空虚さといったら少し耐えがたいものはあったけど。社長も含めてみんなヤマナシの不在をすこしさみしがっているようだった。
そう、どことなくさみしげだったことと、少しずつ業務以外の会話が増えていることがちょっと、この会社を好きになれそうな気がしていた。
あの日、汐商店街で保坂先輩を見かけてからあの店が気になっていた。
<ちいさな電気屋さん>の入り口の前ばかりを見てしまう。今度もし保坂先輩が、あの店に営業らしきものにやってきたら、声を掛ける。そう決めていたのだ。涼は小さなころからなにかのタイミングを逃し続けてきたような気がしてならない。かなりじぶんにしては思い切った行動を取ったつもりだった。
店の前にやってきて、なにかががくんと頽れた気がした。そのガラス戸の入り口には、張り紙が貼ってあった。
<当店舗は今月末を持ちまして閉店いたします。長年、ご愛顧いただきありがとうございました。心より感謝申し上げます。ちいさな電気屋さん店主>。
終わってるじゃん。ほらね、もう何かのカルマか前世からの因縁なのか。また間に合わなかったわけだ。終わってるのはわかっているのに、そこから立ち去り難くて、見える範囲でその店の中をちらっとみた。たくさんのスイッチが並んでいた。スイッチか。って思ってたら、あの日保坂先輩に聞いた話を思い出す。
ひとのすきなものについて聞いている時、ほんとうはじぶんもそれがすきなのかもしれないと思うことがある。それはきっとそれが好きなんじゃなくて、それが好きな人のことが、好きだからだなんだけど。
「俺、笑われるかな。スイッチが好きなんだよね」
偶然ふたりだけになった忘年会の3次会からの帰り道で坂先輩はぽつりと言った。
「スイッチ? ですか?」 ぐらいなかんじで受け止めてはみたけれど。
涼のこころのなかに、その時スイッチ愛を語ろうとしている保坂先輩の引き出しが開いたのがわかった。
「押した時の感覚とか、指の腹に伝わる感じに取りつかれてしまってさ。家中のスイッチを押しては叱られて、みんな男子はそういうことしたいのよ。スイッチ好きの人ってそうだよ」って力説された。
「もし、スイッチの部品が店一杯並んでいたりしたら、すっご入りびたるね」
その時涼は、ちょっと興味ありますって感じのリアクションしたら、保坂先輩の話に勢いがついたのがわかった。どんどんとその話の内容が難しくなっていって、止められなかった。ちょっとうれしかったけど。