「なんだか、私のときと、同じようになる気がするのよね。」
カケルが寝たあと、帰宅した夫の晩酌に付き合いながら、ミチコはクウのことを話していた。空腹の夫は唐揚げをビールで流し込むように食べながら聞いていたが、ミチコの話がそこでぷつんと止まると、おうむ返しで肯定した。
「同じようになって、いいんじゃない。」
ミチコは夫の意外な反応に戸惑った。
同じようになったっていい。そんなふうに考えたことがなかった。
「だってさ、カケルが犬ころをうちに入れた時点で、もう決まってるんだよ。保健所に連れていくの、無理でしょう。ミチコの性格で。」
夫は笑っていた。
核心をついている。その通りなのだ。だからあんなに腹を立てた。新しい飼い主が見つからなければ、あの犬は殺処分になる。それをわかっていて、保健所に引き渡すのが辛い。だからといって飼うことになれば、自分に降りかかる負荷が大きい。そんな心境を察してか、夫が助け舟を出してくれた。
「みんなで育てていけばいいよ。」
それに、と夫は続けた。
「お義母さんは、ミチコの尻拭いでクウの世話をしていたわけじゃないだろ。クウがお義母さんに一番なついていたのが、その証拠だよ。お義母さんは、クウのことを家族の一員として迎え入れて、一緒に暮らしたんだよ。」
そうだね。夫の言うとおりだなと思い、ミチコはチューハイを口に含んだ。レモンの酸っぱさで、喉がぐっと詰まるようだった。
ドアをそっと開けると、廊下の灯りが線になって伸び、カケルと子犬の顔を照らし出している。ご飯をもらい、シャワーできれいになった子犬は、安心したのか、穏やかな寝息をたててカケルに寄り添っている。
ミチコの脳裏に、風に耳を広げるクウの後頭部の記憶が蘇った。
「クウとの時空」は、今でもミチコにとって、かけがえのない宝物だ。
春が訪れると、暗いと思っていた北東向きのキッチンに爽やかな陽光が差し込んできた。これはミチコにとって、嬉しい発見だった。
自分で選んだクリーム色の人工大理石の明るいキッチンにお気に入りのマグカップを置いて、挽きたてのコーヒーに注意深く湯を注ぐと、ミチコの大好きな香りが湯気と共に立ち上ってくる。そうして淹れたコーヒーをすすりながら、まだ誰も起きてこないリビングでニュースを見ていると、子犬を抱いたカケルが、おずおずと入ってきた。
ミチコはカケルに向き直ると、カケルの目の奥を覗きながら、ゆっくりと伝えた。
「わんちゃん、飼っていいよ。父さん、母さん、カケル。この家のみんなで一緒に飼おう。」
カケルの目が喜びに見開いてゆくのを、ミチコはまぶしそうに受け止めた。
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