【ARUHIアワード11月期優秀作品】『# home』村田謙一郎

 朝、制服姿で歩いていれば、その行き先は当然、学校ということになる。でも今、足先はその方向には向いていない。私は高校へと続く道から逸れた。

 駅の待合所のベンチに座り、スマホを見る。家でも確認したが、まだ望みを捨ててはいない。SNSを開き、祈るような気持ちで画面に目を落とす。
 昨日アップしたスカイツリーでの自撮り写真。[いいね]はやはり0。その数字に、自分の存在すら消えてしまうような感覚を覚え、目からは何かがこぼれそうに……。
「また東京行くの?」
 思いがけない声に顔を上げようとしたが、今の姿を見られたくなくて、私は下を向いたまま返事した。
「……何で、知ってるの?」
 優子はカバンから出したスマホを操作し、私に向ける。上目づかいに見ると、そこには私のSNSの画面が映っていた。
「ごめん……ほんとは直接聞きたかったんだけど、たぶん教えてもらえないだろうなと思って、検索しちゃった」
 そういうことか、と私は心の中でつぶやいた。
「私もやってるんだ……まあ畑とかジャガイモとか、ダサいものしかアップしてないけどね。二宮さんのはスカイツリーとか六本木ヒルズとか、カフェとかパフェとか、おしゃれなものばっかだもん。友達もいっぱいで楽しそうだし」
「友達……」
「うん」。きっと優子は今、ニコニコと邪気のない笑顔を浮かべているだろう。
「……友達なんかいない……こんなやつに」
 しばらくの沈黙があった。
「しつこいかもしれないけど、今から畑こない?」
 私は顔を上げた。笑顔でなく、なぜか泣きそうな顔の優子がそこにいた。

 優子の家の畑まで、来た道を引き返す。制服姿の女子2人が、この時間に学校とは逆の方向へ向かうのはどうなんだろと思いながらも、新鮮な感覚に少し心が軽くなる。
 畑の前に来ると、優子の父親と母親らしき人が、カゴを手にワラビの収穫を行っていた。
「あれ? あんた何やってんの。学校は?」
 私たちに気づいた母親が、不思議そうな顔でこっちを見た。
「え、言ってなかった? 今日は風邪で休むって」
「はあ? 何それ」
「先生にも伝えたから大丈夫。ほら、手伝うから」
 何が大丈夫なんだろ? 私は強引すぎる優子の言い訳に笑いそうになった。
「まあ、ええじゃないか」と父親が入ってくる。日に焼けた顔の中に白い歯がのぞく。
「あ、こちら、クラスメイトの二宮さやかさん。東京から転校してきたんだ」
 と、優子は私の腕をつかみ、畑の中へ入っていく。
「あらー東京から。それはそれは」
「それでね、私んちのアマワラビを、どうしても食べてほしくて連れてきちゃった。あ、先生にはちゃんと断ってるからね」
 だから何を断ってるっていうの? 優子の言い訳はまだ続く。父親と母親もおかしそうに顔を見合わせる。
「ああ、いくらでも食べてって。ちょっと待ってね。急いで終わらせるから」
「……手伝い、ましょうか」
思わず口にした言葉に自分でも驚いた。手伝う? 畑仕事なんて全くの無縁の私が何を手伝うのか。
「え、いいのかい?」
 私はうなずいた。隣では、笑みを浮かべた優子がこっちを見ていた。

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