「うん、まあ」
「もしかして東京の?」
「たぶん」
「いいなー東京。でも、ちょっと怖そう。あ、もちろん二宮さんは、向こうに友達もいっぱいいるだろうし、何の心配もないと思うけど」
「そっちは?」
「私は……家の仕事を手伝うかな。勉強向いてないし、それに好きなんだ、畑仕事。うちは今は野菜中心だけど、ブルーベリーとかさくらんぼとか、果物にも広げていけたらいいなって」
「へー」。興味ないのが丸わかりのニュアンスで私は答える。
「でも二宮さん、大丈夫なの? 学費とか、一人暮らしならもっとお金が……」
私は今日初めて、優子の顔を見た。いや、睨んだ。
「あ、ごめん……私、何を」。そう言って彼女は下を向いた。
夕方、高校から帰ると、テーブルのパンとメモはそのまま残されていた。
制服から部屋着に着替えてスマホに目を落とす。今朝アップしたセンター街での結衣との写真には、[いいね]が2。思わずスマホを投げそうになって、思いとどまった。
と、自転車のブレーキ音に続いて、玄関が開き、「ただいま」という声が聞こえた。
台所をのぞくと、母が冷蔵庫に食材を入れていた。顔を上げた彼女と視線が合う。
「ただいま。パン食べなかったんだね」
そう言って、母は私に笑顔を向けた。
「今日もまたもらってきたの。いいって言っても、どうせ捨てるだけだからって。食べるのに困ってるわけじゃないのにね」
と、母はレジ袋から食パンや菓子パンを取り出す。
「……だったらお金貸して。明日、東京行きたいから」
母の手がとまって、再び視線が私に向く。
「こないだ行ったばかりじゃない」
「いいじゃん。別に」
「……さやか、あなた、もしかしてあの人に」
「会うわけないでしょ! 若い女にいれあげてた、あんな男」
イラっとした私は、思わず声を荒げた。
「そんな言い方……」
「今更、かっこつけないでよ。慰謝料もいらないから、すぐに別れて。さやか連れて出ていくからって、啖呵を切ったのはお母さんでしょ」
またやってるって思いながらも、もう止まらなかった。
「それで、こんな田舎にいきなり連れてこられてさ」
「だからそれは、ここが空き家のままだったからって……」
「よかったね、おじいちゃんもおばあちゃんも亡くなってて。お母さんにとっては懐かしい街だろうけど、私にとっては、ただただ退屈なだけの別世界なの」
これまで何度同じような言葉を投げただろう。でも溜まる一方の不満は、ちょっとしたことで爆発し、唯一の攻撃対象である母へと向かう。
「友達が会いたいってうるさいの。大学だってあきらめたんだから、たまに東京に戻るくらい、バチあたんないでしょ」
「何言ってんの。母さん、さやかを大学に行かせるぐらいは」
「もうハッタリはいいから。お願い」
嫌味な奴と思いつつ、胸の前で手を合わす。母は悲しげな目で、じっと私を見ていた。